バケモノグラシ。～同居人は、バケモノと呼ばれる美少女たちだった～

第3羽 妾は和風少女。って、え!?

「…………で」

　二人で住むには少し広い、二階建ての"バケモノ屋敷"。掃除が面倒ということもあり、階段から上は全くの手付かずである。

　しかしこれから涼芽を交えた三人暮らしとなるため、頃合いか……と考えつつ帰宅した練磨を待ち受けていたのは、嵐が過ぎ去ったかのように物が散乱した心霊スポットだった。

「一体何をしていたか説明してもらおうか」

「ゴメンナサイ」

　練磨は、ソファに足を乗せて床を背に寝る有栖を叩き起こすと、持ち前の鋭い眼光で、正座させた有栖を睨み付けた。すると有栖は珍しく反省した様子で、両手サイズのコンパクトな白い箱を練磨に手渡した。

「なんだこれは」

「実は、それを渡すために必死になって……それで部屋もこんなことに……」

「ほう。俺はお前が働いてくれるのが一番嬉しいんだけどな」

「てへ。まあつべこべ言わずに開けてみてよ」

「…………」

　白い箱についていたボタンを押すと、勢いよく飛び出した何かが練磨の額にクリーンヒットした。引っ掛かった、と笑い転げる有栖を前に、練磨は表情が髪で隠れたまま天井の方を向き続けていた。

「あっははは！　朝のお返しー……ってあれ？　そこにいるのはもしかして」

「そうです。アリスが見捨てた涼芽です」

　練磨の影に隠れ、二人のやり取りに不服そうな表情をしていた雪女。有栖は涼芽を認識すると、嘲笑を再会の笑みへと変化させた。

「久しぶりだね、涼芽。元気してた？」

「元気な訳ないです。アリスが出ていってから、大変だったですよ」

「おいおい二人とも、俺のこと忘れてないか？」

　にっこりと満面の笑みを浮かべる三人。練磨はびっくり箱を力いっぱい握り潰した。

「も、もしかしてこれから涼芽も一緒に住むの？」

「ですです」

「やった、嬉しい。練磨も嬉しいよね、ね」

「死（デス）です」

　練磨は突き立てた親指を逆さに向けた。

◇◇◇

「入れてよ練磨、涼芽」

　二人は有栖を夜空の下へ放り出し、不審者が入ってこられないようしっかりと施錠した。

　人が住んでいるということを知らずに、遠くからはるばるやってくる怖いもの好きな人たちに困る日もあったが、今日は見せ物が外にいるから大丈夫だろう。

　朝やればいいのだろうが、誰かが部屋を散らかしたためそのままにしておく訳にもいかない。練磨は一階を掃除するついでに、未知の二階もやっておくことにした。

「涼芽、お前は二階を頼む。万が一、悪霊や妖怪の類がいたら俺は太刀打ちできないんでな」

「そうですね。練磨にとって、悪霊はトラウマですから」

「次思考を読んだらお前も外な」

　軽口を叩きつつ、練磨は散らかった衣服や下着を次々に片付けていく。本当に何をしていたのか、タンスの上にあった物は床に飛び散り、食器棚の皿は何枚か落ちて割れてしまっている。

「ああなるほどです、アリスは……」

　涼芽は腕を組み、ぶつくさと独り言を呟きながら階段を上下していた。何やら思い当たる節があるようだが、練磨は気づかないフリをし、黙々とゴミ袋を丸めていた。

「練磨ー、そろそろ許してよ」

「うるせえ」

　台所にある、全身を映すことができる大きな鏡。

　不自然に手入れされたここは有栖があちこち出かけるための出発地らしい。練磨は、にゅっと上半身だけを覗かせ、手を組んで上目遣いをする有栖の顔を掴んで鏡の中へ押し返した。

「むぐ～！」

「ところてんかお前は」

「……んむっ、ぇんまっ」

「閻魔じゃねえ」

「涼芽の前でいちゃつくのはやめるです。教育上良くないです」

　練磨が凍えるような声に振り向くと、背後にはちょこんと豆粒雪女が立っていた。

「こういう時だけ小学生ぶるのはやめろ。というか涼芽、二階に行ったんじゃなかったのか」

「結論から言うと、二階を掃除するのは不可能です。ということでアリスの言うとおり、涼芽も鷹取さんの部屋で寝るです」

「おいちょっと待てキサマ」

　全くの手付かずである二階を掃除するのは、確かに骨が折れる。今日でなくとも明日、なんなら土日の休みで片付けるというのもアリだろう。

　練磨が動揺している隙に鏡から出てきた有栖は、二人の間をすり抜け寝室へと向かった。

「おー綺麗に片付いてる！　私もう疲れたから寝るね、おやすみなさーい」

「そう簡単に寝かせてたまるか」

「鷹取さん、それはどういう意味ですか」

「やーん練磨も男の子だね」

「お前ら永久に寝かせてやろうか」

　練磨は有栖を追う前に鏡に布を被せておいた。

　その後怖いもの見たさに心霊スポットへと訪れた生徒二人の話によると、バケモノ屋敷からは女の悲鳴や男の怒号、しくしくとすすり泣く声が鮮明に聞こえてきたという。

　そして、練磨が部屋に一人で寝静まった夜更け。

「ふぁ～あよく寝た……。あたっ……妾を呼び起こすとは、一体何者じゃ」

　バケモノ屋敷の二階にある、壁や天井にびっしりとお札の貼られた部屋に、和風な少女がまた一人、眼（まなこ）を光らせて佇んでいた。