第4羽 タカトリです。真剣だ。

「うう……寒っ」

「そうですね、朝は冷えます」


 季節は梅雨入り。いくら初夏が迫っていると言えど、風通しの良い森の奥にひっそりと佇むバケモノ屋敷では、朝は冷え込むのだ。

 それに加えて、二人は練磨に追い出されているため野宿中。涼芽の抱き枕代わりとなっていた有栖は、体を震わせ鼻水をすすった。


「ううっ……この寒さ、涼芽のせいだと思うのは私だけ?」

「いえ、ここの環境のせいです。こうすれば暖かくなるですよ」

「離れて。それ以上密着されたら私銅像になっちゃう」

「どうぞー」

「ひえぇ雪女」

「何やってんだお前ら」


 温そうに頬を擦り合わせる涼芽に、ガチガチと歯を鳴らす有栖。長袖の黒シャツ姿で玄関から現れた練磨は、その異様な光景にただ立ち尽くしていた。


「れ、練磨ぁ~!」

「やめろ暑苦しい」


 練磨を見た瞬間、一目散に彼の胸へと飛び込む有栖だったが、ひらりと避けられ玄関である鉄のドアに顔からダイブした。

 ちなみに支えを失った涼芽も、べしゃっと顔から土に倒れ落ちていた。


「……お前ら、そっくりだな」

「そんなことないよ、私そんなにちっさくないもん。ほら、出るとこ出てるし」

「涼芽は役に立つです。しかも癒しキャラです」

「お前ら、自分で言うほどだぞ」


 ぶつけた顔を赤くし、剣幕で練磨に言い寄る二人。練磨は軽く切り捨て、面倒事を避けるように玄関を開けた。


「……ほら、二人とも入れてやるから風呂入ってこいよ。髪ボサボサだぞ」

「それなら練磨も一緒に」

「却下」


 南田涼芽みなみだすずめ。彼女は有栖と同じく"バケモノ"で、練磨が出会った中では二人目だ。バケモノとはなんなのか、誕生した経緯は、二人はいつ知り合ったのか。彼にとってはまだまだわからないことだらけだが、二人の話は落ち着いてからのがいいだろう。


「わーなにこれ! お湯が水になってるじゃない!」

「本当です、もしかして鷹取さんのイタズラですか!?」


 ドタバタと忙しない風呂場に頭を抱えつつ、練磨はお気に入りのコーヒーを注ぎ、リビングでほっと一息ついた。


「ん……?」


 有栖と涼芽の話し声に混じって、何やら二階から物音がした気がするが、きっと気のせいだろう。

 はぁはぁと息を切らしながらバスタオルを腰に巻いた姿で飛び込んできた有栖に比べれば、些細なことにすぎなかった。


「練磨、あったかーい!」

「やめろコーヒーが溢れる」

「鷹取さん、ひどいです。涼芽たちは危うく凍えるところだったというのに、自分はホットで一息ですか」

「やめろコーヒーが冷める」


 騒々しい……とため息をつき、練磨は続ける。


「もういいからお前ら服着てこいよ」



 現在土曜日、時計の針は九時を指している。学校は休みだが、こんな朝が毎日続くようであれば、これから遅刻は免れないだろう。

 涼芽は学生・バイト・冷房代わりといった三種の神器であることに対し、有栖は無職・居候・迷惑の三毒だ。故に、今後の在り方について話し合う必要がある。

 練磨たち三人は神妙な面持ちで机を囲み、慣れもしない正座で互いを見つめていた。


「第一回、家族会議を開催する」

「あ。今の鷹取さんに似てるです」

「似てないし、家族でもない」

「練磨が夫でー、私が嫁! 涼芽はもちろん」

「姑ですね」

「夫以外は正解だ」


 家族会議。一緒に暮らしているからとりあえず家族ということで進めるが、議題はそうではない。


「そんなことより涼芽。お前の事についてだが」

「それ以上は犯罪ですよ」

「…………」


 練磨は涼芽をひょいと持ち上げ、外に閉め出した。


「真剣にやるです、許して欲しいです」


 頭にたんこぶができた涼芽を交え、再び机を囲む三人。


「話を戻すぞ。有栖、お前は涼芽とはどういう関係なんだ」

「うーん……今は恋敵かな?」

「…………」


 涼芽同様閉め出された有栖だが、許しは乞わず。抜け道である鏡を伝った所で待ち構えていた練磨のげんこつをくらい、再びに次ぐ再び会議へ。


「次ふざけたら永久追放ということで」

「がってんです」

「承知だよ」


 震える拳を抑え、練磨は淡々と質問を並べていく。涼芽がこれまでどこで暮らしていたのか、そして有栖との関係は。涼芽は連投の質問に戸惑うことなく、表情は凍らせたまま答えた。


「長くなるですが……いいです、お答えするです。実は涼芽はここに転校する前、とある老夫婦の下で暮らしていたです。昔はアリスも一緒でした」



◇◇◇



 ちりん、ちりんと鳴り響く風鈴の音。陽は照りつけ、緑の香る夏空の下に、少女はただ一人縁側に座り、足をぱたぱたと揺らしていた。


「あー、とりさーん」


 南田有栖、五歳。彼女は実の両親に捨てられ、生き倒れている所を老夫婦に拾われた。


「ありすちゃん、あーそーぼー!」


 太陽のような笑顔でとてててと有栖に歩み寄る銀髪の少女。彼女は南田涼芽、同じく五歳。有栖に比べるとやや小柄だが、涼芽は表情豊かで愛嬌がある。

 二人は南田神社の巫女見習いとして育てられていたが、いつも可愛がられるのは涼芽の方だった。

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