第2羽 スズメです。凍らすですよ
いつものように森を抜け、集落を抜け。一時間程歩いた練磨がやっとこさ辿り着いたのは、全日制の
そもそも過疎地域だという理由もあり全校生徒が少なく、生徒や教師の関係はかなり家庭的だ。
――転入してきた練磨を除いて。
それは、
「練磨ー! まだ授業終わらないのー?」
稀に学校に現れては鏡を伝って消えていく、鷺ノ宮有栖の存在があるからだ。
「やめてくれ。俺にはお前なんか見えていないし関わりたくもない」
「え……昨日私がいつもより密接に関わっちゃったから?」
「変な誤解を生むのはやめろ!」
バケモノ屋敷に住む変人。時折現れるバケモノ。しかもその可愛いバケモノとの同棲。色々な面において、練磨が避けられるのは必至なのである。
(……結局今日も誰とも話せず終わった……)
「ですね。鷹取さんは孤独です」
友人ができないことを有栖のせいにしてはいるが、練磨は自分が無愛想であるということもよく知っている。少しは笑顔を作らなければならない……と一人拙い笑顔を浮かべ、帰路の畦道を行く。
「汚い笑顔ですね」
(そうだ……俺はうまく笑えない。有栖を貶す時は最高の笑顔が浮かべられるのに)
「醜悪の塊ですね」
(……って、俺は別に友達なんていらないだろ。そんな見せかけの縁なんて、いつもすぐに切れてしまうんだ)
「妻はいるのに友人はいらないんですか。おかしな人ですね」
「有栖は妻じゃねえよ! つーか誰だ!」
柄にもなく大声を上げた練磨だが、辺りを見回しても誰もいない。そよ風に揺れる木々、舗装された畦道がどこまでも続いているだけだ。
(いない……? 気のせいか)
「ここですが」
「うぉっ!?」
足元からの声に練磨は頓狂な声を漏らし、後ずさった。ちょこんと立ち尽くす少女、見た目は銀髪を左右に結ったジト目の女子小学生……だが、趣味の悪いコスプレだろうか額田高校の制服を着ている。
「誰の趣味が悪いですか。涼芽は鷹取さんと同じ、立派な高校一年生です」
まじまじと見つめる練磨を前に、少女は手をぽんと叩き、続けた。
「あ、同じじゃありませんでしたね、訂正するです。鷹取さんと違って
「そこ訂正する必要あったか」
練磨は持ち前の無愛想な瞳で少女を睨んだが、口をへの字にして練磨を見上げる彼女に少し違和感を覚えた。
(そういえば俺、さっき口に出してたか……? 見えなかったのは豆粒サイズだったからとはいえ、思考まで読まれているとなると……)
「そうです。涼芽は鷹取さんが言うところの"バケモノ"です」
やはりそうか、と練磨は
「今朝からお二人を監視してたです。なんですかいちゃこらいちゃこらと。見せつけてるんですか。孤独な涼芽への自慢ですか」
「いや、ちょっと待て。勝手に覗いておいて被害妄想をするな」
なんだか面倒な奴に絡まれてしまった、と練磨はため息をつくが、これも彼の憑依体質が原因なので仕方がない。しかし、有栖と違ってクラスに馴染んでいた、ということはまだまともなのだろう。
「馴染むも何も、今日転入したですよ。まさか、涼芽の自己紹介、聞いてなかったですか?」
「そういえば……」
『
なんて、突拍子もないことを言っていた。クラスメイトが呆気に取られている際、練磨はいつ現れるともわからない有栖を警戒していたためあまり聞いていなかったのである。
「思い出したですか」
「……個性的でいいな! それで、結局どんなバケモノなんだ?」
「はい、バカにしてるですね」
練磨は笑顔で親指を立てて見せた。
幽霊や妖怪等は普通、人には見えないし、特別な人にしか干渉ができない。しかし全ての人に見え、干渉できる存在……練磨はそれを総称して"バケモノ"と呼んでいるが、バケモノ自体にも固有名詞はある。まだ練磨が実際に会ったことがあるのは二人だが、その内の一人である有栖には一応"鏡女"という名前があるらしい。
「……まぁいいです、涼芽には"雪女"という別名があるです。あ、妖怪にも雪女っているらしいですが、涼芽とは全くの別物です」
「ややこしいな」
「あんなのとは一緒にして欲しくないんです」
「どんなプライドだよ」
眉をつり上げる涼芽を見下ろし、練磨は思い出したかのように眼光を放った。
「それで、結局俺に何の用だ? 憑依ならお断りだぞ」
「そうですか。鷹取さんは住む家のないか弱い少女を森に放置するですね。アリスと同じです」
「ああ、もちろん。厄介事はお断りだ。あと、今回ばかりは有栖と気が合いそうだ」
思っていた反応と違ったのか、口角をひきつらせる涼芽。何か言いたげな表情を察知し、練磨は先に口を開いた。
「ちなみに俺は
「……なら、そうすればいいです。涼芽がダメでアリスがいい理由はなんですか。どうしてバケモノと二人で暮らしているですか。どこで出会ったですか」
涼芽の質問攻めに、練磨は思わず目を逸らした。
有栖は金を貪る穀潰しであるだけでなく、友人を作る邪魔にもなっている。その気になれば離れることが可能だが、"バケモノ屋敷"に住んでまで離れなかった理由が、練磨にはあるのだ。
「……まあ、中坊んときに色々あった」
「なるほど、そんな理由があったですか」
「やけにすぐ引き下がったな……いや、心を読んだな貴様」
「わかりましたです。何か鷹取さんにメリットがあればいいですね」
そう言うと、涼芽は練磨の腰に抱きついた。なんの恥ずかしげもなくお腹に顔を埋める彼女に悶々としつつ、練磨はとりあえず両手を上げた。
「何してるですか」
「痴漢対策だ」
「どこまでもヘタレですね。ほら、どうです」
「うん、涼しい」
「それだけですか」
「それだけです」
涼芽の密着する箇所から徐々に冷気を感じ、だんだんと練磨の体温は下がっていった。"雪女"としての冷房機能は働くらしい、もうすぐ迎える夏は涼芽がいれば電気代無しに乗りきれそうだ。
「一応……一応聞くが、お前バイトはしてるか」
「当然です。住み家が無くてもご飯代を――」
「歓迎するよ、今日からお前は俺たちの家族だ!」
「凍らしますよ」
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