バケモノグラシ。~同居人は、バケモノと呼ばれる美少女たちだった~
今際たしあ
第1羽 アリスです。鏡からきたよっ!
幽霊、妖怪、怪物。そういうオカルト染みた類の話は、
というのも、
「練磨ー。一万円出してー」
「誰がATMだ」
元は練磨一人暮らしだったはずのアパートで、鏡の向こう側から来た謎の存在・
カーブミラーや水溜まりを自在に行き来する彼女は近所で瞬く間に噂として語られ、元凶である練磨は退去を余儀なくされた。
そして、現在。
鷹取練磨は、心霊スポットとして名高い"バケモノ屋敷"という一軒家に住み着いていた。
「ねえ……錬磨……」
「…………」
木漏れ日すらも遮断するように窓やカーテン、そしてドアまでも締め切った閉鎖空間に男女が二人。色の抜けた銀髪を腰まで垂らし、髪をかきあげ男に迫るは鷺ノ宮有栖。頬は赤く色づき、物欲しそうな顔で男――鷹取錬磨の胸元に手を当てている。
「お願いが……あるんだけど……」
「…………」
錬磨が抵抗しないのをいいことに、有栖は彼をぐいぐいとソファに押し倒していく。端正な顔立ち、そしてモデルのようにスラッとした長い手足が迫るが、互いの息遣いを感じる距離まで接近しても、錬磨は依然として無粋な顔を続けている。
「いちまんえん、くれない?」
「ぶち殺すぞ」
てへっと舌をだす有栖の額に、錬磨の頭突きがクリーンヒットした。有栖はずきずきと痛むであろうおでこを両手で押さえ、うるうると涙を浮かべている。
「えっ……痛いっ……どうして?」
「お前が居候だからだ」
"バケモノ屋敷"は、練磨が単に住み着いている訳ではなく、前の所有者から半ば強引に譲り受けた物だ。そのため家賃などはかからないが、学費や食事代が馬鹿にならない。
「錬磨、よく考えてみてよ」
「何をだ、言ってみろ」
「男女が一つ屋根の下で暮らしてるんだよ?」
「そうだな、俺のバイト代と仕送りでな」
「これって同棲だよね」
「それより納税してくんね?」
うーん、と困ったように触覚をくるくると指に巻き付ける有栖。錬磨はソファから立ち上がると、リビングから自室へと向かった。
「あれ? いちまんえんはー?」
「そんなに欲しけりゃ、ほらよ」
「あうっ」
錬磨が投げた紙類が、綺麗な弧を描いてまたしても有栖の額に突き刺さる。しかし、彼女は痛がる素振りを見せることなく、むしろわくわく、といった調子で嬉しそうに貼り付いた紙を引っ剥がした。
「いっちまんえーん、いっちまんえん! ……え? ナニコレ?」
有栖が目を光らせて見つめる長方形の紙に描かれていたのは肖像画でも数字でもなく。可愛らしくゆる~いマスコットキャラクターの絵と、"求人募集"という言葉だった。
「働け居候。食費を稼げ。学費を稼げ。というか出ていけ!」
「やーだー」
有栖が床を背にして足をソファに乗せ、ばたばたとさせている姿を尻目に、錬磨は襖をぴしゃりと閉めた。
「……そういうけどさー。私を
襖一枚を隔て、見えない有栖からのやわらかく鋭い言葉に、錬磨は唇をぐっと噛んだ。
練磨の憑依体質は、様々な"バケモノ"を呼び寄せてしまう。有栖もその一人だ。ただ厄介なのは、彼女が、霊感ある無し関係なく誰にでも見えてしまう、ということだ。
「だからさ、慰謝料を」
「どの口が言ってやがる」
「それがダメなら養育費を!」
「それも駄目に決まってんだろ。……電気代も高いんだ、お前も早く寝ろよ」
錬磨は部屋の灯りを消し、不衛生にもかぴかぴの布団に横になった。日々の疲れは取れない……むしろ悪化する程だが、なんとか新調したふかふかのベッドは普段有栖が占めているので仕方がない。
「……よし、寝たっぽい。最近暑いからこんな時間にしかクーラーつけられないんだよね~」
暑いと言えど、まだ5月の終わりだ。先月の電気代がやたら高かったのは、有栖が錬磨にバレないようにクーラーをつけていたかららしい。有栖の呟きを耳にした錬磨は、背中にじんわりと汗を浮かべながらそっと立ち上がり、有栖が寝るであろうベッドにバランスボールを忍ばせておいた。
深夜、何かが壁に激突する音と短い悲鳴が聞こえた気がするが、それはきっと夢だろう。
「酷いよ錬磨」
朝、錬磨がいつものようにトーストを焼いていると、寝室の襖が音を立てて開いた。奥からだらしないTシャツ姿で現れた有栖は、何やら額を押さえて不服そうな表情を浮かべている。
「おう有栖。朝飯できてるぞ」
「できてるぞー、じゃなくて!」
一体何が不満だというんだ。電気代については全く触れず、クーラーを黙認した。ただ錬磨は、小型のバランスボールを布団に隠しておいただけだ。毎日寝る際に、わざわざ布団に飛び込んでくる居候なんて彼は知らない。
「見てよここ。ほら、赤くなってる。これじゃもう、お嫁に行けないよ」
「大丈夫だ。例えたんこぶが無かろうと、嫁にはいけない」
「そっか。私には
「ご冗談。
錬磨は普段決して見せない満面の笑みで、親指を立てて見せた。もちろんそれを見過ごす訳もなく、有栖はエプロン姿でトーストにバターを塗る練磨に飛びかかった。
「あーもう! 本当は私がいて嬉しいくせに! 素直じゃないんだから!」
「髪をわしゃわしゃするな! トーストが落ちる!」
案の定トーストは宙を舞い、背中から床に倒れ落ちた練磨の顔にべちゃっと落っこちた。
有栖は台からもう一枚のトーストを手に取ると、体を震わせながら顔のトーストを剥がす練磨に、笑顔で差し出した。
「はんぶんこ、しよ?」
「もう一枚あるので存分にどうぞ」
練磨は引っ剥がしたトーストを、馬乗りになった有栖の顔に叩きつけた。べと~と滴るように滑り落ちる様はさながら滝のようで、有栖はさっと立ち上がり、練磨を引きずり始めた。
「……汚れちゃったから、一緒にお風呂だよね」
「すみません俺が悪かったです札でもなんでも出すのでそれだけはご勘弁ください」
「あ! 今なんでもって!」
流石はバケモノといった所か。引きずる力だけは強い有栖に練磨が太刀打ちできるはずもなく、今日も金欠生活に拍車がかかるのだった。
しかしそんな二人の様子を、遠くから双眼鏡で覗く少女が一人。
「アリス……こんな所にいたですか……!」
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