小野崎京子の場合 その2


「大丈夫ですか、キョウコさん」


映画が終わってから、京子はずっと涙を流していた。

噂には聞いていたが、あんな感動できる話だとは思わなかった。

こんなことになるんだったら、もっと大きいタオルを持ってくるんだった。


感動系と銘打っている小説を読んでもあまり涙を流さない。

それだけ映像化の影響は大きいということか。


「というか、ハルキさんって漫画も読むんですね。ちょっと意外」


「え? まあ、そうですね。

少年漫画とか結構好きですけど……とりあえず、落ち着いたほうがいいんじゃないですかね?」


漫画も読書のうちに入るというし、不思議な話ではないか。

というか、ハルキが完全に引いてしまっている。もう最悪だ。


「そうですね。お昼時ですし、何か食べましょうか」


二人はファミレスに吸い込まれていった。

お互いに人違いをしていることには未だに気づいていない。


***


テーブル席に向かい合わせに座り、ブラックコーヒーとランチセットをそれぞれ頼んだ。ハルキはそれを見て、はてなと思った。

自分の記憶が正しければ、キョウコはかなりの甘党ではなかったか。

ブラックコーヒーは苦手だと聞いた。


ただ、どう聞けばいいのだろう。

誰かと勘違いしていると疑われるのも嫌だし、どうしたものだろうか。

迷っているうちにパスタが運ばれた。


まあ、気にすることでもないか。

そう思いながら、麺を口に運ぶ。

キョウコも落ち着いたようで、学生時代へ話を咲かせる。


彼女は音楽大学に通っていたが、今はアパレル系企業に勤めている。

音楽に対する熱意は消えず、趣味で続けているようだ。


「卒業してからも続けられてるのって、なんかいいですね。カッコいいなあ」


「そんなことないですよ!

結局、辞められなかっただけなんですから」


「辞めるだなんて……そんなこと考えなくてもいいと思いますよ。

俺も思い出したんですけど、同じゼミにハルキって奴がいたんですよ。

そいつがとんでもないカタブツで、本当に大変だった」


いつも本を読んでおり、文字なら何でも読めるのではないかとひそかに思っていた。

本に夢中になっていたあまりに電柱に激突している姿を見た時は思わず吹き出してしまった。


自分の意見をなかなか譲らず、衝突することも多かった。


「どうしても決着がつかない時があって、腕相撲で勝負したんですよ。

あの野郎、俺の手をダァンって思い切り机に叩きつけやがりまして! すごかったんですから」


それ以来、彼のあだ名は文系ゴリラとなった。

なるほど、よく似た人物もいるのだなあと思いながら話を聞いていた。

これがいわゆる同族嫌悪というやつだろうか。


残念ながら、とんでもない勘違いは解消されそうになかった。


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