竹岡恭子の場合 その1


東京都渋谷区はハチ公前、竹岡恭子はスマホをいじっていた。


「遅いなあ、ハルキ君」


待ち合わせをすることになっていたのだが、一向に現れる気配がない。

すでに5分程度過ぎてしまっている。


サンダルをはいた女性がハチ公の胸に飛び込むように滑り込んだ。

肩で荒く呼吸し、あたりを見回していた。

その人をなるべく見ないようにしながら、視線をさまよわせる。


恭子はゲーム仲間を探すためにマッチングアプリをインストールした。

ひとりで遊ぶのも悪くないし、ネット上のフレンドはそれなりにいる。


しかし、彼らも常にログインしているわけじゃない。わがままかもしれないが、遊び相手が欲しかった。


オンラインゲームにおいて一番怖いのは、身バレすることである。


個人情報はできるだけ隠している。

だが、何が起きるか分からないのが人生と言うものだ。

軽い一言が自分自身に繋がるかもしれないのだ。

誰かに知られてしまったら、何をされるか分かったものじゃない。


このアプリにはブラックアウトカーテンという機能があり、これを使うと身内にバレることもない。いわゆる出会い系サイトとは違うらしい。


ゲーム内でもアプリの利用者も多く、レビューも好評だった。

恭子は早速インストールし、坂下晴輝と出会ったのである。


晴輝も様々なゲームをプレイしており、恭子と同じようにネットゲームの仲間を探していた。

身内バレの恐ろしさは彼も承知しており、恭子のことは深入りしてこなかった。


スケジュールが合うときは一緒に遊んでおり、互いに協力したり、競い合ったりした。

学生の付き合いの延長線上のような距離感が心地よかった。


試しにオフ会に誘ってみると、彼も賛同してくれた。話題になっている漫画の映画を見ようという話になり、一緒に行くことになった。


「あれ? もしかして、ハルキ君?」


少し離れたところできょろきょろと周囲を見回している男性がいた。

メガネにショートヘア、バッグにはパスケースと猫のキーホルダーがついていた。


「ハルキ君! こっちこっち!」


恭子は大声を上げながら、彼に近寄る。

かなりの方向音痴で、多少遅れるかもしれないと昨晩言っていたではないか。


「あぁ! もしかして、キョウコさん?

すみません、全然違うところから出てしまったみたいで……」


「分かるー。都会の駅ってややこしいもんね。

映画始まるし、早く行こう!」


「ですね!」


二人は急ぎ足で映画館へ向かった。

数年越しに封が切られた話題作だ。逃すわけにもいかない。


彼女はまだ気づいていなかった。

彼の名前は二階堂春樹であり、本日の待ち合わせの相手ではないということに。

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