第4話 タナトスの蒼天

「ねえ、そろそろ教えてよっ。」


 高野さんは前のめりになって僕の顔を見つめてきた。夕焼けに照らされた教室で、机に座る高野さんは綺麗だった。


「嫌だよ恥ずかしい…」


「ど〜せ私のほうが上だもんね〜w」


態度は鼻につくが、そんな些細な苛立ちの感情も、黒髪ロングでいわゆる清楚系なのにこうして僕にだけ素顔を見せてくれる高野さんの顔を見ていると、すっかり消えてしまうから不思議だ。


「たっ…高野さんは何点だったんだよ!」


僕は驚いた。というより、いつものことかと辟易した。


「ぜーんぶ100点!」



 僕らは教室を後にして、くだらない話をしながら廊下を歩いていた。


 高野さんはいつもクラスでは静かで、誰も寄せ付けないような冷たいオーラを発しながら休み時間は読書をしている。

そんな普段の高野さんを知っているからこそ、放課後僕にだけ見せてくれる素顔が新鮮に思えた。


「でも、どうして僕なんかに…」


「んー?」


高野さんはまた僕を見つめてくる。


「だぁっからそうやって見つめられると反応に困る…」


「えへへ、私の魅力に取り憑かれちゃったのかな?」


傲慢な女だ。でも、他の子からは感じられない何かを僕はその時すでに感じていた気がする。たぶん。


高野さんは笑みを浮かべながら言う。


「ねえ、あれの練習しようよ!」


「あれって?…あぁ、階段ダッシュか。」


 奇妙なことかもしれないが、この学校では定期試験の後日に階段ダッシュで記録を出した者は点数が加算され、評価が良くなるというシステムが設けられている。最初は男子生徒が悪ふざけで始めたらしいが、生徒達の真剣さゆえ、途中で廃止するわけにもいかなくなったって運びだ。


 僕らはいつもの階段に着いた。

 誰もいない夕焼けの廊下。


「じゃあまず私がダッシュするから、記録お願い!」


高野さんは僕にストップウォッチを投げた。


「っと…もう普通に渡せよ〜」


「それじゃあいくね〜いちについて…よーい…」


「どん!!!」


どんは僕が言うとこだろ…まあいいけど。


 高野さんは頭脳明晰、文武両道。家柄はお屋敷で、とても階段ダッシュをするような子には見えない。

 でも、高野さんは階段ダッシュだって完璧だ。


ピッ!


「はぁ…はぁ…どうだったー?」


「最高記録!この前より2秒早くなってる!」


「やったぁ!」


高野さんは嬉しそうだった。そして僕のもとへ降りてくる。


「次、赤羽くんの番ね!」


僕は正直階段ダッシュが嫌いだ。どうせ高野さんのほうが早いに決まっているし…。


僕はしぶしぶ階段の最下段に着く。


「準備はいーいー?それじゃー3秒前ー!」


「ちょい待てよ〜」


「…2ぃ、1、ごー!!」


「ったくよ〜!」


僕は精一杯階段を駆け上がる。とてもじゃないが、こんな急勾配キツすぎる…。


 いや待て。階段ってこんなにキツかったか?僕が運動不足なのは承知だけど、これはあまりにも…。


その瞬間僕の視界に飛び込んできた光景は、その後の僕の人生においても、これまでもこれからも超えることはないだろう。


「私も走っちゃお!」


後ろから高野さんが追いかけてきた。

どこまでも終わることのない階段。

何が起きているのかわからないけど、今僕と高野さんは二人で天に向かって伸びる階段を駆け上がっている。


「これって…」


「知らないのー?私たちさっき死んだじゃない!!」


「はぁー!?」


さっぱりわからないというより、理解が追いつかないという言葉に近い感情が僕の心に渦巻いている。

学校の階段という様相は全くなく、さっきまであった壁も廊下も全て消え去り、ただ僕たちの目前には天空の空目掛けた永遠に続く純白の階段だけが存在していた。


僕は慌てて足を止める。


「と、とりあえずストップ!僕たち死んでるってどういうことだ?」


「私さっきから実は気づいていたの。」


高野さんは不思議な表情で続ける。


「だって教室にいる時も、廊下で話してる時も、あまりにも世界が静かじゃなかった…?」


言われてみればたしかにそうだ。夕焼け時ともなれば部活動で忙しい学生達の声が聞こえてくるだろうし、カラスだって鳴いていることだろう。それにあの時妙な空気の味がしていたことを僕は黙っていた。


それでも、どこか不思議な気分だ。


「僕さ…高野さんとずっと一緒にいられるならこのまま死んでもいいよ。」


少年少女二人は他に誰もいない世界の天空で、ただ無限の階段の途中で立っている。


高野さんは微笑む。


「私も赤羽くんのそばにいられるなら、嬉しい!」


その時強く快い風が僕たちを仰いだ。

きっと時間が迫っている。


「あの階段の向こうにどんな世界が広がっているのか一緒に見に行こうよ!!」


僕は高野さんの手を取り、天を指差す。

高野さんはとても満足気な笑顔を浮かべていた。


 少年少女二人は勢いよく天へと駆けていく。それは誰も知り得ない世界。二人が描き出すセカイ系の果てに存在する超越の彼方。


 禁忌の果実に手を染めた僕らは、天空の世界へ一直線に進んでいく。


 僕は高野さんと一緒にどこまでも行けるんだ…。



-『今日未明、東京都内の都立高校で男女二人の遺体が発見されました。死因は自殺と見られ、警察は動機を含め捜査を進めています。』---



タナトスの蒼天 終

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