うちの子猫は食事の前後に「みゃあ」と鳴く

子猫は礼儀正しい雨の猫

「『いただきます』って言ってる?」


 うちの子猫は食事の前に「みゃあ」と鳴く。

 それもなぜか毎回。

 食べ終わったら口の回りをペロペロなめながら「みゃあ」と鳴く。

 これもやっぱり毎回。


 今朝もミルクを置いたら寄ってきて、ミルク皿の前に座り「みゃあ」と鳴いた。

 まるで人間が「いただきます」と言っているようで、思わず話しかけてしまった。


 真っ白でふわふわした毛玉は「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの一瞥を飼いぼくによこして、小皿のミルクに口をつけた。


(うわ、つい子猫アメに話しかけてた)


 自虐的に笑い、僕は缶コーヒーの蓋を開けた。


 スマホの待ち受け画面を見る。

 天気予報のウィジェットは晴れの表示。

 先週、梅雨入りしてから毎日ずっと雨なんだが。

 今も外では雨がしとしとと降っている。


 何かの間違いだろね。


 ―――


 白い子猫アメとの出会いは数日前の真夜中だった。

 雨の中、コンビニでカップ麺を買い、戻ってきたら玄関前に小さな白い毛玉が落ちていた。


(え、何かある……)


 近付いてみたらうずくまっている白い子猫だった。


(子猫!? いつからいたの?)


 家を出たときには気付かなかった。

 しっとり濡れた毛玉はかすかに震えている。


(親とはぐれたのかね? 梅雨に入ってすぐだし、ここにいたら間違いなく弱っていくよね……)


 抱き上げると見た目以上にぐっしょり濡れていた。



 ―――


(それからが大変だったんだよね。お風呂にいれてミルクをあげて、実家に猫グッズとりに行って。ケージにいれようとしたら暴れまわってひっかかれるし。)


「おいしかったー!」


 回想は突然の少女の声に中断された。


「え? 何?」


 さっきまでアメがミルクを飲んでいた小皿の前に、見知らぬ少女が座っていた。


 背中まである銀髪にあどけない顔立ち。

 白いノースリーブのワンピースから伸びるほっそりとした手足。


「え? え? え? 誰? てかアメは?」


 少女が声をあげて笑う。

 大きくあけた口から八重歯がのぞいた。


「わたしアメだよ?」

「は?」


 気付けば雨は上がっていた。

 もう一度言う。


「は?」

「悪い魔法使いに、雨の時だけ子猫になる呪いを掛けられてるの」

「はあああ??」


 急過ぎて思考が追い付かない。


「なんだよ呪いって!悪い魔法使いって!」

「いやーどうなることかと思ったよ!おにーさんがいい人でよかった!」

「聞け!話を聞け!」

「えー? 聞いてるよ?」


 くらり、と視界が歪む。

 何もかもが無茶苦茶だ。

 しかも納得の行く説明をこの子に求めても無駄みたいだ。


「わかった。一旦整理する」


 まずは事実の確認。


子猫アメが居なくなってこの子が現れた)


 それは間違いない。

 それでも「アメは自分だ」というこの子の主張は受け入れがたい。


(だって、人間は猫にはなれない)


 しかも。


子猫アメの正体は女の子で、雨の時だけ子猫になる呪いを掛けられている?悪い魔法使いに??)


(そんなファンタジーか何かの設定みたいな話を信じろと?)


(無理がある)


(誰かに話したところで信じてもらえるか? いや、信じてもらえない。まず僕が信じてない)


(てか、そもそもこの子どこから来たわけ?)


 ぐるぐると考えていたら、少女が何か思い付いたのか声をあげた。


「あ、そうだ!」


 パチン、と左右の手の平を合わせる。


 そして、まだ呻いている僕を、全ての疑問を、そのほか何もかもを置き去りにして銀髪の少女は言い放った。とびきりの笑顔で。


「ごちそうさまでした」

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