第7話 奥様の縁談と子犬の辞職

◆ナユタ視点


その知らせは

一昨日、公爵様から奥様へ届いた。


奥様に縁談のお話。

お相手は公爵様の三男。

亡くなられた旦那様の従兄弟に当たる方だとか。

あちらも再婚のようで、奥様とお歳も近い。


奥様はお美しく、お優しい方だ。

あちらはかなり乗り気だと、知らせには書かれていた。

縁談が決まれば、多額の融資も受けられるらしい。


融資が受けられれば

去年、拡張した畑もさらに広げられる。

村に柵を立て、魔物の侵入を防げるようになる。

不足している『医者』も呼べるようになる。


領民が豊かになる。


身分も、年齢も、経済力も、全て揃っている。


領主補佐の立場で考えれば

奥様の為にも、領民の為にも、この縁談は受けるべきとしか言えない。。。



「はぁぁぁぁぁ。」


奥様は縁談の件を何も話してはくださらない。

まるで何も無かったかのように接してくる。


奥様がどうされるおつもりか、僕は気になって仕方がない。


あの日からため息ばかり出るようになった。


食事も喉を通らなくなった。


昨日は奥様に新しい旦那様ができると思うと

涙が溢れて眠れなくなった。


今日は学校の実技で初めて負けた。

3連敗、勝てる気がしなかった…。


この後、お屋敷に執務室に帰るのが嫌だ。


人は生きる目標を失うとこんなにも無気力になるのか…。


領主補佐は辞めよう。

僕は奥様ありきでしか頑張れない。

奥様に縁談を進言しないといけない立場でも、そんな事したくない。

公私混同とはこういうのを言うのだろう。



しかし、身分と年齢と経済力か…

もちろん、僕には何一つ無い…。


「はぁぁぁぁ。」


奥様、あの時の「もう少し待ってて欲しい」というお願いを覚えて下さってるかな。

いや、今回はそう言う問題ではないか。


奥様に全てを捧げたい。

奥様のお役に立ちたい。


告白して2年が経過しても、その想いに変わりはありません。


だから、どうか…




◆リオナ視点


「ナユタ。辞めたいってどう言うことかしら?」

「いえ、僕のような無責任な人間には相応しくないと思いまして…」

「ちゃんと分かるように言ってくれないかしら?」


落ち込んで尻尾が垂れ下がった子犬みたい…。

どうしちゃったのかしら?


「奥様…。言いたくありません。

ちゃんと年内まで頑張りますので。」

「はぁぁ。ねぇ、ナユタ。

何をそんなに思い詰めているのかしら?」

「奥様が…。」

「奥様が?」


私が何をしたと言いたいの?

思い当たる節が全くないもの。


「その…新しい旦那様と…」

「新しい旦那様と??」

「再婚されるかもしれないって…」

「再婚?

あぁぁ、あの縁談の話ね。」


ふふふ、うちの子犬君はそれでこんなに落ち込んでたのね。

やっぱりナユタは可愛い。


「そしたら、仕事をする気が起きなくて…」


また、ナユタがポロポロ涙を流し始めた。


「ふふふ、ねぇ、ナユタ。

あの縁談はすぐに断ったわよ?」


ふふふ、落ち込ませて悪かったけれど

私はここ最近で一番嬉しかったわ。

私ばっかり嫉妬してると思ってたもの。


「えっ…!」


あっ、垂れ下がってた尻尾が動きだした。

ふふふ、本当にナユタは可愛いんだから❤️


「あら、すぐに返事したから、そんな話、忘れてたもの。」

「奥様。もっと早く教えて下さいよ。

そのせいで2日も悩んだのに…」

「ふふふ、うちの子犬君としばらく待ってるって約束したもの。」

「子犬君て何の話ですか?」


ふふふ、あなたに決まってるじゃない。

大きくなって、頼れるようになっても、やっぱりナユタは私の子犬君だ。


「ふふふ、ナユタ。こっちにおいで。」


そう言って、手を広げると来てくれる。

私は可愛くて、愛おしくて、抱きしめてしまう。


「ふふふ、ナユタ。大きくなったね。

8歳の時からだから、もう4年も経つんだよ。」

「はい、奥様に拾って頂いて、本当に幸せでした。」


「ねぇ、ナユタ。どうして相談してくれなかったのかしら?」

「だって…」

「だって?」

「縁談が決まれば、融資を受けられて領地が豊かになります。それに…」

「それに?」

「奥様と身分もお歳も近いし…」

「近いし?」

「奥様が幸せになるなら、身を引こうって…悲しくなって…。」

「ふふふ、そう。心配させてごめんね。

大丈夫。ちゃんと待ってるよ。」


そう言って頭を撫でてあげる。


「奥様にいつか縁談がくるかもって覚悟してました。

でも、いざ来てしまうと、どうしていいか分からなくて…。」

「ねぇ、次からはちゃんと思ったことを話して欲しいの。

私とお約束できるかな?」

「はい…奥様。お約束します。

だから…もっともっと頑張りますから、もう少し待っててくれませんか?」

「ふふふ、どうしようかな?

私のことをどう思ってくれてるか、ちゃんと言ってくれたら考えてあげる。」

「えっ…」


ふふふ、さっきまで落ち込んでたのに

もう顔を真っ赤にしちゃって。


「その…奥様はお優しくて…お美しいです…。」

「ふふふ、あら、それだけ?

もう待てないかもしれないわ。」

「えっ…守ってあげたくて…」

「守ってあげたくて?」

「その…僕が幸せにしたい人…です」

「ふふふ、ありがとう。

楽しみにしてるわね。」

「あと…たまにポンコツになって…」

「はぁ?」


ふふふ、ナユタ。

もう十分、幸せだよ。

だから、辞めるなんて言わないでね。

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