異世界で、スカーレットがこの冒険譚の主人公だった件

 ボーンロナウドとスカーレットが一歩を踏み出し、お互いの間合いに入った。

 どちらも剛の槍と言われる槍術。

 大きく振りかぶり、力の限りを乗せた槍を相手にぶつけると、再び『ガキン』という大きな金属音がする。


「あっ!」


 スカーレットが思わず声を出すと、痺れた手から槍が離れていく。

 しかし、すぐさま体術に切り替え、次の攻撃に対して身構えた。

 実践を模した俺との修練の賜物だな。


 満身創痍のスカーレットにボーンが笑みを浮かべる。


「オレも…」


 ボーンが笑ったのは、限界を迎えた自分の握力に対してだった。

 ゆっくりと手が開くと、槍が落ちて『カランカラン』と床に転がる。

 修練場の誰もが息を飲み、二人の動向に注目した。


「引き分けか…」

「うん。また、戦って下さい!」


 スカーレットが笑いながら手を差し出す。

 すると、ボーンが照れ隠しなのか、頭を二、三回『ポリポリ』と掻いてから、『ああ、分かった』とスカーレットの手を取った。


「絶対だからね!」

「ああ…」


 スカーレットの上目遣いに、ボーンは少し顔を赤くする。

 その様子を見ていた観客から、盛大な拍手と共に声援やヤジが飛んできた。

 『二人ともカッコ良い!』、『小さい女の子、頑張ったね!』、『ボーン、意外と動けるデブだったんだ』、『スカーレットさん素敵ですー。ファンになりました!』、『スカたん…はぁ……はぁ…』


 あ、うん。

 オレ、ぽっつーん。

 知ってたけどさ。


 いや。

 でも、ちょっと言わせて。


 スカーレット<オレ=強敵倒す

 スカーレット<オレ=倒した数

 スカーレット<オレ=身分


 いいけど。

 別にいいけど。

 特に身分差とかはさ。


 拍手喝采に困惑するスカーレットが、ふてくされていた俺を見つけると、満面の笑みで駆け寄る。

 そして、俺の手を掴むと『行こう、アル!』と駆け出した。


 あー。

 この主人公ムーヴ。

 この物語の主人公はスカーで、ヒロインがルールーって知ってたけどさ。


 俺たちが逃げるように修練場から出ると、後ろから声が聞こえた。


「アル様!  スカー!」


 振り返ると透き通る青い目をした黒髪の美少女が、俺たちを鬼の形相で追いかけて来る。


 あっ。

 これ捕まったらヤバいやつ。


 俺とスカーレットは、ヒロインが闇落ちして進化したラスボスから全力で逃げた。


▽▽▽


 自室の冷たい床で前世の伝統的な座り方、

正座をした俺とスカーレットをルールーが見下ろしている。


「安易な挑発に乗って、ご自身やスカーレットを危うい立場に追い込んだのは分かりますよね?」

「あ、えっっと…」

「えっと?」


 俺を見つめる瞳は氷のように冷たく美しかった。

 視線に魔法が込められているのか?

 フリーズしてしまい、まったく身動きがとれないぞ。


「王族の方が暴力で物事を解決することは罪です。アル様なら分かりますよね?」

「あ…はい…」

「あ? はい?」


 凄い魔法だ。

 大魔法なのか?

 声すら出なくなったぞ。


「ごめんなさい…」

「別に、謝って欲しいわけではないんですよ? 分かりますよね?」

「ルー、もう疲れちゃたよ。寝ていい?」

「スカーは黙ってて!」


 アホの娘のせいで魔法の効果が更に高まってしまった。

 今では空気もヒリついて、寒気を感じる。


「私だって、スカーを助けたかったのに…」


 ルールーの目頭に涙が貯まり、一粒落ちた。


「私に任せて頂ければ、男爵家の子供なんてどうにでもなります。裏から手を回して消えてもらうことも…」

「えっ!?」


 ルールーが大魔法を越える特大魔法の詠唱を行った。

 背筋が凍るのを感じる。

 ルールー、恐ろしい娘。


「アルもルーも、ありがとう。二人にいっぱい心配してもらえて、僕は幸せだ! ボーンとも仲良くなったし、今日は最高の日だ!」

「スカーレット…」


 凄いぞ。

 アホの娘がラスボスの特大魔法を止めた。

 一気に場の空気が変わった。


「でも、ゴメン。もう限界だ。おやすみ~」


 スカーレットが立ち上がり、ベッドに飛び込んだ。


「もう…スカーは…」


 どうやらラスボスの魔法攻撃をしのいだようだ。

 俺も立ち上がろうとすると『アル様には、まだお話がありますから』という呪文をかけられてしまい、日が暮れるまで魔法攻撃を受け続けてしまったのだった。

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