異世界で、俺の評判が急降下
スカーレットと一緒に中等部の修練場に飛び込んだ。
修練場を囲むように大勢の野次馬が集まっていたので、俺とスカーレットは人混みをかき分けて進む。
「頑張れよ!」、「生意気だ!」などと野次や激励を受け、たどり着いた修練場の中央には、中等部が数人、高等部が数人、合わせて十人程が槍を構えている。そして、最奥には小太りの子供、ボーン・ロナウドが仁王立ちだ。
「しょ、庶民が、神聖な修練場に入って、く、来るな!」
大勢の野次馬の前で緊張したのか、ボーン・ロナウドがスカーレットに向けて早口に言うが、俺たちはその声より更に大声で叫んだ。
「「知るかー!!!!!」」
騒然としていた野次馬が一瞬で静まると、俺が先行して駆け出し、スカーレットが後に続いた。
「露払いは任せろ、スカー!」
「頼んだ、アル!」
数十人が一斉に俺たちに槍を向ける。
「子供が! 調子に乗るなよ!」
先頭にいた中等部の生徒が、体格差を利用して力任せに槍を突くが、所詮は子供の槍だ。
サッズや兄弟子に血反吐(ちへど)を吐かされた俺には、動画をスロー再生にした様に見える。
中等部の生徒が鬼気迫る表情で突いてきた槍をヒラリとかわし、相手の足元をすくい上げるようにして槍で払う。
「うぁあああ!?」
中等部の生徒の体が宙を舞い、肺から落下した。
「ごぉあっあっ」
声に成らない声を出し、痛そうにして床を転がっている。
俺はあまりの手応えの無さに少々落胆したが、油断は大敵。
再び声を出して気合いを入れ直した。
「全員、地べたを舐めさせてやる! 覚悟しろ!」
一声出してからは無心で槍を振り回し続け、生徒たちが風に吹かれた木葉のように舞い上がった。
まるでゲームの世界だ。
俺、無双。
俺、TUEEEE。
一騎当千の活躍を見せる俺には、歓声という名の避難が浴びせられた。
「ひ、卑怯だ!」
「足元を狙うなんて騎士としてあるまじき行為だ!」
「殿下の槍は型を無視した無茶苦茶な槍だ!」
あー。
うん。
グリモール槍術って勝者が正義だから。
それと型とか一切習った事がないから。
大半の生徒たちが槍神の手遊びの犠牲になり、床に這いつくばっている。
残ったのは俺の初撃を耐えた、大等部の三人だけになった。
彼らは多少は戦い慣れているのか、俺から少し間合いをとった。
戦いに一瞬の間ができる。
頭へ登っていた血が急に下がり、スカーレットが心配になった。
「スカー、大丈夫か?」
スカーレットに目を向けると、中等部の生徒を一人倒した瞬間だった。
「はぁ…はぁ…うん、大丈夫!」
「ココは任せて、悪党の首領を倒しに行け!」
「ありがとう、アル!」
死亡フラグを自分に立ててやった。
でも一度は言ってみたい台詞だから満足している。
俺は大等部の三人を牽制し、スカーレットの為にボーン・ロナウドへの道を空ける。
スカーレットは槍を突き出しながら一直線に突進した。
迫るスカーレットに対して、ボーン・ロナウドが叫びながら激しく槍を振る。
「ナメるなぁあああああ!」
『ガキン!』という音と共にスカーレットの槍とぶつかり合った。
うん。
スカーレットは大丈夫そうだな。
さて、残りの奴らを片付けるか。
三人に対して槍を構え直すと、大等部の一人がドヤ顔でニヤリと笑った。
「殿下は槍神、サッズ・グリモール様に師事を受けているようですね。しかし、残念ながら、我らはグリモール槍術と既にまみえた事があるのですよ」
「あっ、う、うん…」
まみえた事がある?
この人達の技量では、兄弟子の誰かに散々転ばされて、対策を考えたって感じでしょ。
三人の実力が大した事がないのは初撃で分かってるんだよ。
とっとと片付けてスカーレットの観戦でもするか。
そんな事をあれこれ考えていると、三人に怒られた。
「我々を前にして考え事とは、随分な態度ですね?」
「戦いに集中出来ていない証拠だ。まだ子供だしな」
「そうそう。騎士として、そして、学園の先輩として僕らが殿下の身体に、ご教授してあげましょう」
手遊びを防いだだけで、この慢心。
もう、この人たちの槍の成長はココで止まるのだろうか。
上には上が居るって事を分かってもらうために、全力で相手をしよう。
俺は槍を置き、腰に差した木刀を手にした。
最近は刀ばっかり振っているから、こっちの方が強いんだよね。
槍で領民をド突く事をカレンに禁止されてしまい、槍術は練習不足なんだよ。
槍を置いた俺の動作を「なにやってんだコイツ」と三人が呆れた顔で見ていた。
少しイラッとした。
「とっとと、攻めて下さいよ、先輩。それとも、こんな非力な五歳児の刀が怖いのですか?」
「ふっ。刀に持ちかえるとは噂通りの頭の悪さですね、殿下。戦場では長物が有利という定石を体で覚えて頂きましょう。行くぞ!」
「「おう!」」
三人が一斉に襲いかかって来た。
五歳児に卑怯だとは思うが、兄弟子の誰かに相当痛めつけられたのだろう。
ホント、槍バカ先輩どもはロクな事しないな。
でも、非力な俺には相手の突進を利用したカウンター狙いしか手が無いから、三人同時の乱戦が実はありがたいんだけど。
三人の鋭い一撃をスルリと避けて鳩尾(みぞおち)に刀を突き立てる。
「ぐっはぁああ」
「うっ」
「ひでぇぶぅううう」
一瞬で三人が床に転がった。
俺だけが立っている状況に野次馬たちは呆気に取られていたが、一人が口を開くと一斉に罵声を浴びせてきた。
「か、刀を使うなんて、それでも騎士か!」
「槍を置くなんて、ありえない!」
「蛮行、ここに極まり!」
えーと。
修練場に入った時は罵声と声援が五対五だったが、今は七対三くらい。
俺の評価が急落下したな。
この国の人って、槍術に対して厳しいんだよ。
実力主義より芸術主義。
槍は作法を気にする伝統国技だ。
俺の合理性を突き詰めた槍術や刀術は、どうやら、お気に召さないようですね。
そんな観客は気にせず、スカーレットの様子を見ようとしたら、観客の中から高等部の生徒が一人、拍手をしながら俺に歩み寄って来た。
うん?
黒髪で黒目の東洋人顔??
いや、本当に黒髪か!?
この世界にはアジア人的な人種は存在しないはずなのに…
まさか、俺以外にも異世界人がいるのか!?
「さすが王族です殿下。その年でその強さなんて、まるでチートだ」
男の子が切れ長の細目を更に細くして歩み寄り、俺の前で立ち止まる。
そして口元をわずかに緩めると、『シュッ』と効果音がしたのではないかと錯覚する早さで、顔半分を右手で隠した。
「異世界の槍王、ここに顕現(けんげん)。今、この時から神話(レジェンド)が始まる成!」
あ、うん。
ヤッベーのに絡まれちゃったよ。
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