異世界で、討ち入りする
昼にボーンと揉めてから、スカーレットがよそよそしくしている。
コミュ障の俺には、どうして良いのか分からない。
ルールーでさえ、スカーレットに声をかけるだけで、良い結果が得られなかった。
その日の放課後。
授業が終わると子供達はワイワイと一斉に廊下へ向かったが、その波をかき分けるように中学生くらいの男の子が教室に入って来た。
ボーンの手下だ。
コイツ、またスカーレットにちょっかいを出しに来たのかと身構えたが、するすると俺の前に来て手紙を渡した。
「殿下、招待状です。もう、逃げられませんよ…」
そう言うと下衆な笑みを浮かべて教室を後にした。
「なんだ、コレ?」
彼が去った後に封筒を見ると、ご丁寧に封蝋がしてあった。
『ペリっ』と剥がして手紙を取り出す。
ルールーとスカーレットが心配そうに手元を覗き見たので、書かれた文を要約して声にした。
「昼間の素晴らしい剣さばき、是非、我々にご教授下さい。本日、授業の後に中等部の槍修練場でお待ちしています、だってさ」
「アル様、絶対に行ってはダメですからね」
ルールーが目を吊り上げて睨む。
美しい人が、こうやってキリっとした強い顔を見せるとゾクッとする。
ヤバいな。
変な方向で癖(へき)が育ちそうだ。
そんなルールーの顔に見惚れていたが、スカーレットをふと見ると泣き出していた。
大粒の涙がポロポロと目頭を伝って落下する。
「お、おい。どうした、スカー?」
「でんがは…いが、いがなくて良いです…わだずが…いきまずので…うわぁああああああー」
声を出して本格的に泣いたので俺は固まってしまったが、ルールーは直ぐに行動に出た。
スカーレットに身を寄せると『大丈夫だよ』と頭を撫でる。
それでもスカーレットはしばらく泣いていたが、少し落ち着いたのか声を絞り出した。
「えっぐ…あいずの言う通りでず…ひっぐ…でんがのぞばに…妾の子のわだずなんかが…いちゃ…いげないんでず…こうじて…迷惑ばがり…大好きなアルに迷惑かけだぐ…無いんだよ…うぇえええええん」
再び泣き出したスカーレットをルールーがギュッと抱きしめる。
ルールーの目からも水滴が一粒落ちて、宝石のように光を乱反射した。
あー、クソ。
腹立つなー。
もうっ!
俺は腹が立った。
スカーレット・クルーガーにだ。
俺の知っているスカーレット・クルーガーという少女は、どんなに打ちのめされても牙を立てて吠えまくる、狂犬のような格好良い人だ。
それが、俺なんかのせいで心を折ってはいけない。
この子のキラキラと輝く真っ直ぐな心を、こんな事で汚してはいけない。
俺には生前、友達も居なかったし、どうやって立ち直らせたら良いか分からない。
でも、分からないなりに思いを伝えよう。
部屋の後方にある槍置き場まで歩くと、俺とスカーレットが使っている練習用の槍を取り出した。
そして、振り向いてスカーレットに話しかける。
「お前が居て迷惑だと思った事は一度も無いし、今後も絶対に無い。妾の子供だろうが、庶民の子供だろうが、俺はスカーレット・クルーガーという、世界一格好良い女の子と一緒に居たいだけなんだよ!」
「アル…」
俺は『ヤラレっぱなしで良いのか?』と槍をスカーレットにぶん投げる。
スカーレットは『ガシッ』と槍を掴んで咆哮した。
「よぐない!」
目は泣き腫らして、鼻水は出ている。
しかし、スカーレットは奥歯を『ギリギリ』と食いしばり、透き通る赤い瞳を燃やすのだった。
▽▽▽
中等部の練習場に向かっている。
俺とスカーレットが槍を持って歩き、ルールーが困った顔をしながら続く。
ボーンは俺が逃げないように中等部で喧伝したのか、事情を知っているだろう多くの子供達が好奇の眼差しを向けた。
なかなか用意周到だな。
大勢の前で俺に恥をかかせるのが狙いか。
群衆を気にせず、てくてく歩いていると一瞬『ブルっ』と震えた。
これが武者震いってやつか。
サッズとは何度も似た状況になったが、こんなワクワクする気持ちになったのは初めてだ。
スカーレットが一緒なら、肩を並べて歩いているだけで嬉しい。
この後、負けて散々な目にあっても、きっと笑ってるんだろうな。
スカートを見ると『ニカっ』と笑い返してくれた。
コイツもきっと同じ気持ちなんだろ。
もう、なんだかピクニックに出かける気分だった。
▽▽▽
俺たちは修練場の扉の前に立っている。
辺りには修練場に入りきらなかった中等部の子供達が、この後どうなるのかと俺達の動向を見守る。
「行くぞ、アル!」
「ああ。暴れてやろう!」
俺とスカーレットはコクリとうなずいてタイミングを合わせると、内開きの扉を『うりゃあああ!』っと蹴っ飛ばした。
左右の扉が『バン!』と勢い良く開かれる。
修練場の中には小太りのボーンを中心に二十人程の男の子が槍を構えて臨戦態勢だ。
どう見ても中等生に見えない、高等部や大等部の子供が半数はいる。
どうせ三男派閥の入れ知恵なんだろ。
そもそも、スカーレットに難癖付けてきたのも罠だったのかもな。
もう、どうだって良いけどさ。
壁際を見ると、数えきれない程の野次馬だ。
子供達からは『どっちもガンバレ!』、『ヤレヤレー』といったヤジに混じって『がんばれ殿下!』、『お怪我の無いように』などの声援もあった。
流石に中等部ともなると良識のある子供がいるのだろう。
修練場は俺たちの登場からずっと騒然としていて、ボーン達は場の雰囲気に飲まれたのか頬を赤くして高陽している。
スカーレットは大丈夫だろうかと横を見ると、嬉しそうに『ブルっ』と肩を震わせた。
どうやら大丈夫なようだ。
「行くぞ、スカー」
「ああ」
槍を担いだ俺たちが修練場に足を踏み入れると歓声や罵声が最高潮になったのだった。
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