異世界で、スカーレットの悲しい生い立ち

 昼休み。


 ようやくミニスカートに慣れてきたルールーとスカーレットを伴って食堂へ向かう。

 その道中、ほぼ全ての女子がミニスカートだった。


 うん。

 ミニスカ学園天国だ。

 俺はまた一つ、この世界で偉業を成し遂げたな。

 ルールーに凄い顔で睨まれているけれども。


 最高の景色を堪能しながら、ご機嫌で歩いていると、前方から男子中学生ぐらいのグループが道を塞ぐように歩いてきた。

 

 真ん中に小太りの男の子がいて、偉そうだ。

 周りの男の子が腰巾着って感じだな。


 そうは言っても俺って王子だし。

 避けてくれると思いながら歩みを進めると、小太りの男の子がスカーレットの前で止まり『ニチャ』と笑った。

 そして、大声で話しかける。


「庶民が道の真ん中を歩くなよな、無礼だぞ!」

「…」


 うん?

 スカーレットが押し黙った。


 小太りの男の子は何もしないで、じっとしているスカーレットの様子をニヤニヤと眺めると、手にしている練習用の槍でスカートを捲り上げた。


「こんな卑猥な服を着て、まるで娼婦だな?」

「こんな服じゃ下半身丸出しですよ、へへへ」

「おい、そんな事より何かションベン臭くないか?」

「ガキがびびってお漏らししたんじゃないですか?」


 小太りの男の子に続いて取り巻きも侮蔑の言葉を吐いた。


 あっ。

 死んだなコイツら。

 ウチのシルバーウルフにそんな事すれば速攻で噛みつきますよ?

 噛むっていうのは文字通り、歯を使ってガブガブですよ。

 哀れな奴らよのぅ。


 そんな事を考えていたが、スカーレットは全く動かない。


「えっ…」

「貴方達、無礼ですよ?」


 呆気にとられている俺を押し退けて、ルールーのか細い手が槍を払いのける。


「おっと…」


 小太りの男の子が槍を戻す。

 そして、ルールーと俺をヘラヘラしながら見たので、イラっとした。


「口を出さないで頂きたいですな、ルールー・アイリス殿。それと睨み付けている殿下も。これはロナウド家の問題ですから。そうだよな、スカーレット」

「…」


 ああ、そうか。

 コイツがボーン・ロナウド。

 最近、スカーレットを無口にさせる元凶か。


▽▽▽


 ルールーとスカーレットが寮で同室になった日、キースに命じて二人の事を探らせた。

 その情報によると、スカーレットの母親の出自は庶民出の元メイドだった。

 若い頃は凛とした美人で気立ても良く、いずれは大物商人と結婚できるのではと噂が立つほどだったそうだ。


 しかし、奉公先が良くなかった。


 母親が仕えたロナウド男爵家は先の帝国との大戦で大した成果も挙げられず、領地経営も上手くはいっていなかった。

 このままでは領地の召し上げすら、あるかもしれない。

 不安にさいなまれ、何もかもが嫌になったロナウド男爵は酒を浴びる程飲んだ。


 そんな堕ち逝く領主に、年頃の美しいメイド達はかいがいがいしく世話をする。

 心が荒むロナウドは彼女達を鬱陶しく眺めていたが、ある時、悪魔の閃きが生まれた。


『コイツらを差し出せば、俺は生き残れる』


 ロナウドは一気に行動を起こす。

 貴族達にメイドを献上し、助力を仰いだのだ。

 当初、体裁を気にしてロナウドの行動を嫌っていた者達は、差し出されたメイドの美しさに目を奪われ『これは人助けだから』と口角をイヤらしく上げたのだった。

 

 武の名家、ダリュー・クルーガー伯爵には、とびきりの美人が献上された。

 ダリュー伯爵にとって姑息なロナウドの行いは忌み嫌う物だったが、しかし、これは絶妙なタイミングだと思い直す。

 第一王妃が我が子を帝国に差し出す為に子作りをしている今、庶子が要るのではないかと。


 王妃の思惑通り王女が生まれたならば、クルーガー家から妾腹を乳兄弟として献上すれば良い。

 我が子は王女と伴に育ち、いずれは帝国へとおもむくだろう。

 そうなれば、クルーガー家の功績は一考に値する。

 第一王子が王となっても、それほどの窮地には立たないだろう。


 例え王子が生まれても、要らない子供が一人増えるだけだ。

 どうとでもなる。

 そう考えたダリュー・クルーガーはスカーレットの母親を冷めた目で見つめるのだった。


▽▽▽ 

 

「お前みたいな庶子が殿下と並び立つなんて許されねぇんだよ!」


 ボーン・ロナウドがスカーレットのお腹に練習用の槍を突き刺した。


「うぅ…」


 避ける事なく受け止めたスカーレットの小さい体が前屈みになる。


「アル様!」


 ルールーの声が聞こえた時には、すでにボーンの土手っ腹に俺の木刀が叩きつけられていた。

 ボーンは『ゴフゥぅぅ…』と声にならない声を出して地に膝を付いた。


 あー。

 もうさ。

 凄いよね。


 怒りの沸点をぶっちぎると、もう『無』です。

 体をこう動かして相手のここに木刀を当てて、って感じで滅茶苦茶、冷静だった。


 俺は這いつくばっているボーンを見下ろしていると、その他大勢から熱いエールが贈られた。


「如何に殿下といえど、不意討ちは卑怯だ!」

「そうだ、卑怯だ!」

「槍を使わないのもダメだ!」


 はぁ?

 何言ってるの?

 不意討ちは卑怯だ?


 あー。

 そう。


 全員が痛い目にあいたいって事ね。

 オーケー、オーケー。

 分かりました。


「あ、アル様…」


 ルールーの声を合図に俺はヌルリと動き出したが、それを察知したスカーレットの右手に止められる。


「アル、いいんだ。ルールーも行こう…」


 スカーレットが無理やり笑うと、俺とルールーの腕を掴んで走り出した。

 背後からは『逃げるな!』、『覚えてろよ!』など、お決まりの遠吠えが聞こえたのだった。

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