異世界で、温泉に入る

 川から水路を居住区に引いた時、飲み水用に井戸も必要だとカレンに助言されたので、井戸堀を行った。

 最初は大変なのではと思っていたが、魔法を使えば案外簡単な作業だった。

 地面に向かって四次元魔法を放つ事で穴を掘り、周囲が崩れないよう円形に切り取ってきた岩で固めるだけの単純労働だ。


 我が領土は山脈から扇状に海へと下る、なだらかな地形。

 海風が山に当たると雨雲を作って雨量も多い。

 その為、地下水が豊富で、五、六メートル位掘れば水が沸きだした。


 調子に乗って何ヵ所も作っていたら、いつの間にか領民達が面白がって集まってきた。

 俺は注目されて嬉しくなり、どんどん井戸作りを進めたが、そういう時に限って何故か不幸は訪れる。

 いくら掘っても全く水が出ない場所に当たってしまった。


 『これはヤバい』と思いなが必死で土を掘った。

 五十メートル、百メートル…

 全然水が出ない。


 領民に格好つけたい俺は意地になって掘り進める。

 四百メートル、八百メートル…


 どれ程の時間、穴を掘っただろう。

 もうすでに地上は遥か彼方で、頭上にポツンとした光が見える。

 周辺の温度もなんだか暑くなり『これ、マグマに着いたんじゃない?』と思ったその時、遂に水が湧き出てきた。

 灼熱の水だったが…



 ヤバいと思って慌てて四次元空間に避難し、間一髪難を逃れた。

 そして、意地を張らずに諦めれば良かったと反省しながら三次元に戻ると、井戸から噴水のように熱湯が吹き出している。


 間欠泉みたいだ。


 この湯量なら、きっと大きい温泉施設が出来るだろう。

 サウナが風呂として定着している皆をなんとか説得し、岩風呂建設を推し進めたのだった。


▽▽▽


「風呂というのも、サウナと違って気持ちの良いものですな、殿下」

「そうだな…」


 一狩り、というか、二狩り終えた血塗れの俺達をサッズが風呂へと誘い、十人の兄弟子と湯船に浸かっている。

 酒を飲みながら狩り場での武勇話や槍談義などして、貸し切り状態だ。

 まあ、血生臭い俺達と風呂に入ろうとする領民はいないのだが。


「殿下、折り入ってお願いがあります」

「また、お母様からの呼び出しか?」

「あ、いえ、そうではなく。この馬鹿共の事です」

「あ、う、うん…」


 いつかこの話になるとは思っていたが、今からか。

 気が重いな。


「この十名、殿下の元に就けて頂けないでしょうか?」

「ミルド王国、第五王子の臣下になるという事か?」

「いえ、この地の民となって殿下に仕える事を望んでいます」

「そうか…」


 兄弟子達は鼻つまみ者として扱われているが、ミルド国に所属している限り給金は支払われるし、身の安全も保証される。

 人並みの生活が出来るのだ。


 食料すら調達がおぼつかない未開の地で、難儀な生活をしてくれなんて、口が裂けても言えない。

 俺の夢に付き合わせるには、良いやつら過ぎてもったいないのだ。

 俺は諦めて貰うつもりで冷たく言い放った。


「今は給金なんて払えないぞ?」

「毎日槍が振れれば、問題なぇな」


 ひげ面の兄弟子が『ガハハ』と笑った。


「クリフの下に就く事になる」

「何を今さら。あいつの方が俺たちの何倍も強い」

「守る民は元ロッド人だ」

「誰を守るかなんて関係ない。俺達は槍を振るだけですぜ」

「ミルド王国と戦う事になるぞ?」

「…」


 全員が押し黙った。


 そう。

 いつかはミルド国と対立するだろう。

 身内と戦う事になるのだ。


「そいつは嬉しくて震えてきますな」

「違いねぇ」


 兄弟子達の心はとっくに決まっていたようだ。

 安寧の中で家族に看取られるよりも、戦場で果てたい。

 例え知古の友と争う事になってもだ。


「わかった。宜しく、」


 頭を下げようとしたら、サッズに止められた。

 そう。

 こういう時に、俺が頼んではダメなのだ。


 兄弟子達が射殺すのかって位の鋭い目線で俺を見つめた。


「「「我ら十名、今日よりアルバラート・ミルド様の槍となります!」」」


 オッサン達が一斉に頭を下げたのだった。


▽▽▽


 サッズ・グリモール槍術の兄弟子は、罪を犯したロッド人移民を百人ほど従えて十組の隊を組織した。

 そして、領内の治安維持、魔獣狩り、砦建設を行っている。


 クリフから隊の名前が無いのは締まらないですと言われたので、俺は『魔槍隊』と命名した。

 魔の文字があるのは、魔族のハイネが所属しているからだ。

 魔を入れれば、異世界っぽくってカッコいいからではない。


 魔槍隊を作った頃から、でっかい農村だった我が領土が少しは町っぽくなってきた。

 俺の手を離れた領民達が自立して家屋の建設や道路整備などの公共事業を行ってくれているからだ。

 産業も順調で、カレンにアドバイスを受けてたリック・パークが指揮をし、服飾関係に加えて塩田、毛皮加工、燻製肉製造など多角的に展開している。


 春先の飢餓地獄が嘘のような発展ぶりだ。

 皆の命を預かっていると勝手に思い込んでいた重圧から少しは解放された。


 我が領土は落ち着いてきたし、そろそろ学園生活を謳歌しても良いかも。

 春から今まで領内の整備にかかりっきりで、授業をサボりまくっていたからな。


 俺が不在の間、ルールーやスカーレットに嫌がらせをした奴らに相応の酬いを受けさせてやる。

 俺の心はメラメラと燃え上がったのだった。

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