異世界で、王都で遊ぶ③

「まったく。大変な目にあったぞ、アル!」


 我が商会の下着開発チームに捕まり、二時間ほど軟禁されたスカーレットが不満たらたらにそう言った。


「う…すまん…」

「アル様、王都で暮らしていた頃は、あの様に服を作っていましたから大丈夫ですよ。私は久しぶりに服を贈られましたので感謝しています。改めてお礼を」


 ルールーがスカートをちょんと摘まんで頭を下げた。


 ええ子や、この子ええ子や!

 きちんとお礼が言える、ええ子や!

 スカーレットには、この子の垢を煎じて俺が飲んだ後の湯飲みを使い、泥水を飲ませてやりたいな。


 そんな雑談をしながら、庶民の服を着た俺たちは王都の中央広場に向けて歩いている。

 石畳の道を進むと、段々と露店が増えた。


「あ、会長! 久しぶりですね。ちょっと寄っていって下さいよ」


 花屋の露店で下働きをしている女性に呼び止められると、ルールーとスカーレットが興味を示したので、渋々寄る事にした。


「会長がイカツイおっさんじゃなくて、女の子と歩いてるなんて、どうしたんですか? それじゃ普通の子供みたいですよ?」

「うん、その話、さっき商会で散々したから。それと、この店は違う商会の経営だから会長って言うなって言ったよね?」

「え!? ここもアル様のお店じゃないのですか?」


 ルールーが驚いて俺を見た。


 ルールーほど賢い子供でも、とんちんかんな事を言うのね。

 王子だし、王都の店はだいたい経営してるとでも思ってるのかな。


「いや、全く関係の無い店だよ。ただ、この辺で働いているロッド移民が、何故か俺の事を会長、会長って呼ぶんだよね」

「そうなんですか」


 本当は理由を知っているが、ルールーには説明をしない方が良いだろう。

 移民の悲惨な現状を知るには、まだ早い。


 実は我が工場に勤務する料理長が、毎回食べきれない量の料理を作り、彼女のような下働きをする人や娼婦、浮浪者など、王都に残るロッド移民に食料を配っているのだ。

 その中には犯罪者も含まれる。


 俺は慈善事業はしたくないので、表だって協力はしない。

 だが、その一方で、こうしたロッド人の持つ人情味を無下にはしたくないので、バカ高い食費に目をつむっているのだ。


 そうした理由からなのか、大抵のロッド人は俺の事を親しみを込めて『会長』と呼ぶ。

 だが、『会長』と呼ぶのは俺の商会や領地運営に関わる者だけにして欲しいので、こうして随時、訂正しているのだ。

 まあ、無駄なんだけどさ。


「会長って呼ぶのは、私ら移民を見守る会の会長だからなんだよ。そんな事より、はい、お嬢ちゃん達にプレゼント」


 ロッド人女性がルールーの髪には白い花、スカーレットの髪には青い花を、かんざしの要領でさした。


「うわ、キレイ!」

「や、やめてくれー」


 ルールーはクルっと一回転すると嬉しそうに結い髪と花を見せてくれた。

 ルールーの可愛さが人の域を越え、女神へと昇華した瞬間だ。


 スカーレットは『恥ずかしいぞー』とか言いながらも、嬉しそうにしている。


 思わずキュンしてしまった。

 クソっ。

 美少女の僕っ子は狙い過ぎていて、あざといだけなのに。


 俺は花屋のお姉さんにお礼を言うと、三人で店を出て大通りを再びふらつく。

 たまにロッド人に声をかけられて応えたり、二人が興味を持った店を覗いたりした。

 といっても二人が気になるのは食べ物ばかりで、途中から食べ歩きみたいになる。


 何件もの飲食店を訪れ、満腹で若干気持ち悪くなった頃に、ようやく中央広場にたどり着いた。


 現在、我が商会はピーターが露店を構えていた場所に二つの店を出している。

 浅漬け屋とアクセサリー屋だ。


 最初に浅漬け屋に行くと『露店での浅漬けは先ほどと味が違うかもしれません。試しに食べてみましょう、アル様』とせがむ食いしん坊女神を『いや、変わらないから』と制止する。

 そして、ピーターの後を引き継いで店を運営している、おっさんの店主に売上とか、仕入れの話をした。


 しばらく大人な話をし、軽い打ち合わせが終わると、少し離れたアクセサリー屋へと二人を案内する。

 チャラい感じの店主と、見習いの真面目そうな青年が店番をしていた。

 店主が俺の顔を見るとチャラチャラと話しかけてくる。


「あっ、会長。えっ!? マジっすか、女の子と一緒!?」

「もう、その流れウンザリなんだけど。奴隷じゃなくて学園の友達だから。お貴族様だから!」

「あー確かに。こんな肌艶の良い子、ここらじゃ見ないっすからね」


 あれ?

 すんなり理解した?

 女性の肌の違いが分かるなんて、さすがチャラ男とここは褒めるべきか?


「理解してくれて良かったよ。さすが商人だな」

「へへへ。あざーす」

「それでだな。大切な学友の二人に何か似合いそうな物を買いたいんだけど…」

「えーと。会長の事だから、女の子と上手く話せなくて、装飾品を買ってお近づきになろうとか、そんな感じっすか? でも、ダメっすよ。子供の頃からそんなんじゃロクな大人になんねーすっよ。あ、いや、会長は既にロクでもねー変態な子供でした。これ以上悪くなりようがなかったっすね。すみませんっす」


 スカーレットが『アルは変態だからなwww みんな良くわかってるよwww』と嬉しそうにしてムカツクな。


「もういい。自分たちで選ぶから。二人とも、何か欲しい物あったら言ってくれ」

「いいんですか、アル様?」

「へー。色々あって面白そうだな」


 チャラ男は『か、会長が女の子と普通に話してる!?』と衝撃を受けていたが、ガン無視して三人でアレコレと装飾品を物色した。

 そして、商品を一通り触ると、黒い鉱石が付いたネックレスをルールーが手にとって、じっと眺めた。

 領内の砦を建設する時に、岩盤を次元刀で掘削し出てきたやつだ。


 ネックレスは赤や青、黄色など様々な色がある。

 俺とスカーレットは目で合図をした。


「よし、三人でネックレスを買おうよ」

「いいな、アル。どうせなら髪の毛の色と合わせて、アルは黄色、僕は銀色、ルーは黒にしよう」

「アル様、スカー、良いのですか? ありがとう!」


 やっぱり、ルールーは賢いな。

 俺とスカーレットが気を使ったのがバレバレだったか。


「じゃあ、コレ三つくれ」

「まいどっす、会長。金貨六枚っす」

「高っか!? ぼったくりか!!!」

「いや、値段決めたの会長っすからね!」


 チャラ男の店主が怒るのはもっともだ。

 ぼったくる気満々で値段設定したのだった。


『なんか、色々とゴメン』


 俺は心の中で謝ったのだった。


▽▽▽


 アクセサリー屋を出て工場に帰ると、日が暮れかけていた。

 変態達の無駄な情熱のおかげで、ルールーとスカーレットの服も完成していて、二人はその出来に感激しながら受け取った。


 楽しい王都のぶらり旅だったが、後は寝台馬車で学園に帰るだけだ。

 帰路はピーターの手配で、来たときの倍の人数、八人の護衛がいるから問題は無いだろう。

 こうした石橋を叩く周到さを身につけ、商人として少しずつ成長しているのが頼もしい。


 俺たちは馬車に乗り込み、見送りに来た商会の人たちに手を振って応えたのだった。

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