異世界で、エロ本を作る

 カレンの発言に俺は猛省し、リックは驚愕していた。


「じょ、女性が卑猥な格好をした本とは…な、何ですか、殿下、カレン殿…」


 鼻の下を伸ばしきったリックが興奮しながら話しかけた。

 鼻息が荒い。


 えっと。

 うん。

 変態がいます。

 誰かタイーホお願いします。


 そんなリックをカレンが怒鳴りつけた。


「黙れ商人! 卑猥な格好などとは一言も言っておらん! 以前我が主が話された下着を着た女性の本を売ってはどうかとお伺いを立てたのだ!」


 あー。

 うん。

 あれか。


 カレンは巨乳を驚かない俺をずっと不審に思い、二人だけの時を見計らい色々と詰問された。

 その時に転生者である事や巨乳のグラビアを病床で楽しみにしていた事を話してしまったっけ。

 そこからヒントを得たのか。


「って事はその本って最初のページは綺麗な服を着て、後半は下着?」

「はい。その通りです」


 えーと。

 うん。

 下着じゃなくて水着だけどね。

 この世界に水着が無いから分かりやすく下着って言っただけだけどさ。


「売れるか、それ?」


 疑問に思っているとリックが凄い勢いで食いついてきた。


「殿下、何言ってるんですか! 金貨一枚でも買います! もし、カレン殿の下着姿ならば金貨十枚は払います!」

「灰になって消え失せろ、カスが!」


 それまで黙っていたマリアが汚物を見るようにリックを睨んだ。


 うん。

 今回のマリアの暴言は最もだが、リックの気持ちも分かる。

 この世界で初めてのエロ本だし、興奮するのもしょうがない。


 俺も小学生の頃、看護師さんの目を盗んで初めて見た週刊誌のグラビアは穴が開くほど眺めた。

 舐め回すように見まくった。


 うーん。

 だが、どうだろう。

 転生物のラノベだと、紙やジャガイモ、塩、薬等を量産して儲けまくってるのに、俺の転生譚の収入源ってパンツとエロ本ってどうなのさ?

 これだと大いなる力が働き、全てがBANとなり、某ノクターンな小説に逆戻りしてしまうのではないか。

 なんだか心配になってきた。


「カレン、本当に卑猥な本ではないんだよな?」

「もちろんです我が主。下着の販売を促進させる為の本です。秀麗で妖艶な娼婦を題材とすれば、その身に付けている下着を大抵の淑女が欲するでしょう。更に子作りで停滞している夫婦の妙薬に成るという触れ込みをすれば、我が陣営に居る商人のように、間抜けな殿方がこぞって買うでしょう」


 カレンが巨乳をプルンと持ち上げ、リックに妖しく微笑んだ。


 な、なんと恐ろしい女だ。

 子作りの手助けという、エロ本を買う大義名分まで考えているとは…

 そんな本、男なら多少ぼったくられても買ってしまうぞ。


 しかし、前世のグラビアみたいに前半でモデルに服を着せて登場させるのは何故だ?

 まさか、普段着と水着のギャップがより興奮する事を知っているのではないだろうな?

 私、脱いだら凄いんです的な。

 そこまで分かってたら悪魔的だぞ。

 いや、魔族だけれども。


「だが、カレン。普通の服は何故必要なんだ? 下着だけじゃダメなのか?」

「ロッド人は下着だけでなく、服作成でも高い技術を持っていると示す為です」

「うーんと。これから俺たちは女性用の服も作るという事か?」

「はい。下着はやはり裏の仕事です。我が主が掲げた『パーク商会と言えば女性の味方』となる為には、いずれは表の、服飾全般を商いしなくてはなりません。その為の一歩です」


 リックが困ったという感じで頭をペシペシ叩いて話に割って入ってきた。


「カレン殿は、既存の服飾商会と競合しても服を売るべきだと…しかし…いささか早い。戦うには我々はあまりに小さすぎますぜ」

「商人が懸念する通りにはなりません。服飾商会が得意とする高級ドレスではなく、着やすさに特化した服を売り込みます」

「?」


 リックが『なんじゃそりゃ?』みたいな顔をしている。

 しかし、それを無視するようにカレンが話を進めた。


「貴族も人の子。寝ても覚めても格式張った服を着ていれば気の休まる時がありません。もし、館の中だけで着れる肌心地の良い服があったら思わず手が出るでしょう」

「しかし…うーん。言っている事は分かりますし、新しい商品ですから売れるのかもしれませんが、向こうは専業の商会ですぜ。話題となったら直ぐに真似をされて潰されやしませんかね?」

「商人、良い事を教えてあげましょう。女は服に貪欲なのですよ。美しくなれるならば魔族へ魂を売り渡すでしょう」


 まあ、カレンが言わんとする事は分かる。

 人の、いや、女性の美に対する欲望はいつだって正直だ。

 服を選ぶ時に、長年取引をしていたとか、縁故とかは一切考慮しないだろう。 

 だからこそ機能性やデザインが重要になってくる。


「自信はあるのか、カレン?」

「もちろんです、我が主」


 カレンが任せてくれといった感じでニヤリと笑った。

 なにやら勝算ありって感じか。


「うーん。分かった。カレンがそこまで言うなら、やってみよう。良いな、リック?」


 リックは渋い顔をしながら少し間を開けて話した。


「分かりました。ですが、あくまで下着のついでに売るという体裁は崩さないで下さい。それと、貴婦人達にどんなに頼まれてもドレスは作らないってんなら…まあ、やりますよ…住み分けをきっちりと示されたなら服飾商会も文句が言いづらいでしょうし…」


 嫌々と言葉を口にしたリックとは正反対でカレンは満面の笑みを浮かべていた。

 表には出さなかったがカレンはロッド難民に下着作りという下働きをさせる事を気にしていたのかも知れないな。

 そこから抜ける一歩目ということか。


 そんな訳で俺たちはエロ本と服飾という新たな産業に手を出す事になった。

 それを踏まえて今後の分担を割り振る。


 カレンを領地運営の責任者とし、リックには既存の商会業務に加えて服飾関係の新工場設立を頼んだ。

 クリフには領土入り口の砦建設、ハイネと俺は開墾や建設等の土木全般だ。


 メンバーの中で唯一、マリアには仕事を一切振らなかったら、烈火の如く怒った。

 そこで改めて種族の差別意識を変えるように説得を試みたが、やはり二つ返事とはいかなかった。

 このまま放置でも良いかと考えたが、何もしないっていうのは状況を悪化させるだけだと思い直し、改心してくれる事を願ってリックの秘書兼、護衛を命じた。


 それでもマリアに散々文句を言われたが『リックが倒れたらロッド難民五千人が餓死するけど、それでも良いんだな?』と言うと青い顔をして護衛だけを承諾した。

 この事に関してだけは、先が思いやられる。


 そんな感じで人の割り振りや下準備を進めていると、あっという間に数週間が経ち、ロッド難民四千人が無事に移住できた。

 下着製作を続けているオバサ、いや、お姉さん達や娼館のお姉さん、肉体労働の仕事を得ている若い男性など、既にミルド国に根付いている人達は、そのまま王都に住んでいる。

 厳しい未開の地で暮らすより、その方が快適だからな。

 だが、いずれ立派な街を作った際には移住して欲しいとは思っている。


▽▽▽


 国作りがゆっくりと、だが、着実に推移する中、男どもの熱意に推されてエロ本作りだけが異常なスピードで進んだ。

 俺の手元には既に試作品がある。


 表紙は胸の開いた服を着たカレンだ。

 女性視点では、これまでに無い涼しげな服に目が行くだろうが、俺はド迫力の胸元に釘付けとなってしまった。


 初っぱなから圧倒されたが、本を数ページ開く。

 すると綺麗な服を着た清廉なお姉さんや知的なお姉さんが軽やかなポーズをしている。

 ファッション誌を見ている感じだ。


 更に本を読み進める。


 先程の清廉なお姉さんが下着姿で女豹のポーズをしたり、知的なお姉さんが下着を脱ぎながら上から目線で読者を挑発したりと一転して過激な内容だ。


 うん。

 さすがカレン。

 数百年生きただけあり、男の子の気持ちを分かってらっしゃっる。


 だが早い。

 この世界では革新的過ぎる。

 性の産業革命は、まだ起きてはならないのだ。

 カレンに言って、もう少し自粛した内容にして貰おう。


 俺は、危険ブツをそっと鞄にしまった。


「落ち込んだ時にガン見しよう…」


 そう言って歩き出したのだった。

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