異世界で、新世界へようこそ

 俺達は岩肌がむき出しになった崖際に立っている。

 前世のグランドキャニオンを思い出させる景色だ。


 視線を落とすと遥か下に一本道があり、こちらと向こう側の崖に挟まれていて、馬車がギリギリすれ違う事が出来るぐらいの道幅だ。


「天然の城門ですね。ここに砦を築けば、何人も攻め入ることはできないでしょう」


 クリフが武者震いをしながら俺に話しかけたので、『そうだな…』と小さく頷いた。


 ここは、ミルド国旧ルーベン領の入り口。

 今日からはアルバラート領、俺の領地だ。


「騎士殿が言う通り、ここに敵を誘き寄せれば崖上から一方的に攻め放題という最高の立地…しかし、背後の憂が鉄壁であっても、眼前から、このような大型船が押し寄せたらどうされるのですか、我が主?」


 そう言ってカレンが俺の頭の上に巨乳をドカンと乗せてきたが、『水際対策は、おいおいやるから大丈夫』と言ってスルリと身を捻った。

 そして、振り返った俺たちの視線の先には、海に向かって緑豊かな裾野がなだらかに広がっていた。


「ここら一帯が殿下の土地ですか‥」


 半笑いでフルフルと震えているリックの尻を蹴っ飛ばしてやった。


「イテッ!? 何するんですか殿下!」

「この程度で萎縮して、どうすんだよ!」

「ですが、殿下…海が遥か彼方ですよ?」

「これだけ広ければやりがいあるだろ? 新世界へようこそ、パンツ商人!」

「新世界ですか…へへへ」


 リックが頭をぺちっと叩くと強引に口角を上げて笑った。

 笑い方は気持ち悪いが、このおっさんに任せておけば期待以上の成果が出るはずだ。


「うわっ。気持ち悪ぅ…」


 マリアがリックに侮蔑の目を向けた。

 うーん。

 なんだろ。


 どうも魔族至上主義というか、マリアの人族に対する悪感情が目に余るんだよね。

 少しお灸を据えてやらねば。


 そんな事を考えながら、森と海を眺めていた。


 俺たちの手で見渡す限りの森林を開拓し、山脈から流れる河川を整備して、港を作る。

 途方もない夢物語を、今、始めるのだ。


 どこまで出来るか分からない。

 でも、『精一杯生きよう』。

 俺の胸はさっきからずっとドキドキと高鳴っていた。


▽▽▽


 森を抜け海辺に辿り着くと、田舎には似つかわしくない洋館が建っている。

 この洋館が王家御用達の別荘だ。


 俺たちは洋館の前庭に陣取ると、クリフが入り口へと歩み出て呼び鈴を鳴らした。

 すると小柄な初老の男性が慌てた様子で扉を開け、クリフが名乗りると、俺たちを館へと招いた。


 洋館の客間で椅子に座る。

 クリフが俺の脇に備え、カレン、リック、マリアと向き合った。

 三人とも俺の言葉を待っているようだ。


「無事、俺の領土を手に入れた。といってもだだっ広い森があるだけだが、その分、自由に出来る事も多い。今日、この時から、俺たちの国作りを始めよう」


 俺の言葉にリックはうなずいたが、カレンは怪訝な顔だ。


「我が主… 覚悟はしていましたが、想定以上に何も無い所ですね…」


 カレンが伏し目がちに声を出した。


 食料支援をしているリックからも言われているが、 ロッド難民のスラムでの生活は精神的に限界へと達している。

 カレンは新世界に来れば衣食住の内、食事と住居はなんとかなると思ったのだろう。

 腐っても王家の避暑地だしな。

 それなりの人数が住める建物と耕作地を期待するだろう。

 しかし、実際は小さな館と漁村があるだけの田舎だった。


「リック、ロッド難民の食料はいつまで買い支えが出来る?」

「下着の販売が今は好調ですが、秋にはある程度貴婦人たちの手に行き渡るでしょう。そう考えると、冬の始まりが期限ですかね」

「つまり、秋までに自給自足か、何かの収入源が無いと餓死者が出るって事だな?」

「そういうことです」

 

 背中に冷たい汗が流れた。

 分かっていたが、流民を受け入れるということは、その命を背負うということだ。

 一瞬、命の重さに潰れそうになり吐き気もしたが、それを振り払うように考えていた事を口に出した。


「なんとか、なる…はず…」

「本当ですか、我が主?」


 カレンが心配そうに俺の顔を覗き込んできたので、できるだけ詳しく今後の方針を話した。


 まず、森を開拓する。

 これは比較的簡単だ。

 樹木や雑草、岩等の障害物を全て四次元空間にポイポイ入れてしまえば解決する。

 そうして生まれたボコボコした土地を土魔法で整地出来ると、カレンからありがたい助言を得たので、ハイネと二人、魔族チームで作業するようにお願いした。


 そして居住用の建物だが、火事の事を考えるとレンガ等の石材で作りたかったが、リックが製作時間の短い木造にして欲しいと懇願したので、しぶしぶ了承した。

 今回は仮住まいの学校みたいな建物とし、将来的にはヨーロッパにあるレンガの町並みを作る予定だ。


 だが、リックの言う通り、石造りではなく木造なら比較的簡単に建設できる。

 引っこ抜いた樹木を三百倍ぐらい時間加速させた次元の部屋に入れて、乾燥した頃に時間遅延の次元部屋に移動させる。

 そこにロッド難民の大工を連れていき、建材の切り方の指示を受けながら、俺が次元刀でスパスパと切断すれば材料の完成だ。

 後は作った建材を現地で組み立てるプレハブ工方ってやつをすれば、一週間か二週間で住宅が完成するだろう。


 一番の問題は食糧だ。

 カレンとハイネが土魔法を使えば、農地を作る事は簡単に出来る。

 しかし、春先の今、色々な種をまいても最短で収穫出来るのは夏野菜だ。

 麦や稲みたいな主食となる植物が実り、恩恵を受けるのは秋となるだろう。


 ロッド難民には農業を生業にした人も多いので、この人達の経験と努力に任せる事になる。

 しかし、いくらプロが成育に携わっても一年目の農業は天候や環境などの不確定要素が多いので、正にギャンブルだ。

 安定した生活を送る為にも農業とは別の産業によって貨幣を得たい。


「塩の生産とかどうだろう?」


 時間加速させた四次元空間に海水を入れれば、一瞬で天然の塩が出来る。

 お手軽な商売だが、リックが渋い顔をした。


「塩はファイザー商会が生産量から価格まで取り決めていますぜ? そこに割り込むなんて戦争を仕掛けるみたなもんです殿下」

「ああ…マルコ・ファイザーか。今は敵にしたくないな…」


 生活必需品みたいな肝心な所は老舗が握っているのね。

 更に新規参入者を阻めば、やりたい放題じゃないか。

 まあ、下着産業の独占で儲けてる俺が言うのもなんだが。


「では、本はどうでしょう?」


 唐突にカレンが提案した。

 そして、その安直さに少し苛立ってしまった。


「本? 何の本だよ。違う世界に生まれ変わった奴が活躍する冒険譚でも売るのか?」


 この世界では印刷技術ば進んでいて、本を作る事は難しくない。

 しかし、だからこそ売れるかどうかは内容による。

 安易に本を出版しても、たいして売れないだろう。


「いえ。我が主が以前話されていた×××な本です…」

「な、なに!?」


 とんでもない発言に対し、俺は現代知識を披露したことでカレンに与えた悪影響を猛省した。

 しかし、その一方でリックは驚き震える声を上げた。


「そ、それは…まるで…し、新世界だ…」

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