異世界で、友達と学園生活を

 リック・パークの言葉に従い、魔族三人を商会に迎える宴を開く事になった。

 俺は前世を含めて初めての宴会だ。

 ついつい遅くまで一緒に騒いでしまった。


 ふと気づいた時には夜明け前だった。

 楽しい時間は本当にあっと言う間だ。


 このまま徹夜で授業に参加するのは流石にしんどい。

 学園に行く準備をしてから四次元で仮眠を取ろうと、寮の部屋にこっそりと戻った。


「うわぁ!」


 扉を開けると目の下にクマを作ったスカーレットが、槍を手にして仁王立ちしている。


「遅い! 何やってたんだアル!」


 俺の姿を見るとスカーレットが間髪入れずに一喝してきたので、思わず肩をすくめた。


「ず、ずっと起きていたのか、スカー?」

「どれだけ心配したと思っているんだ!」

「い、痛っ!」


 スカーレットが穂先の丸い訓練用の槍で俺の肩を突いた。

 避けようと思えば簡単なのだが、涙を浮かべて俺を見つめる真っ直ぐな瞳に気圧されて全く動けなかった。


「あ、殿下、お帰りですか…ご無事で良かったです…」


 スカーレットの声で目を覚さましたルールーが、眼を擦りながらなんとか笑顔を作り、俺に挨拶をした。

 よく見れば制服のままだ。

 待ってるうちに寝落ちしてしまったのだろう。


 うん。

 なんだろ。

 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 今さらだが、いつもみたいに二人が寝てからこっそりと出掛ければ良かった。

 とりあえず謝るか。


「心配かけたみたいでゴメン。この通り無事だよ」

「無事ならいいんだ、無事なら…心配させやがって…」


 ため息を吐くとスカーレットは『あーもう限界! 寝る!』と大あくびをしながらベッドへ向かう。

 ルールーがその様子を笑顔で見つめると、俺に話しかけた。


「学園には本日、遅刻する連絡をしてありますので、殿下はごゆっくりお休み下さい。私はもう一度寝ますね」


 ルールーは気だるげに話すとぐったりしたように横になる。

 数分もしないうちに可愛い寝息が聞こえた。


 不味いな。

 迷惑かけちゃった。

 俺のせいで学園に遅刻する事になってしまった。


 本当なら四次元に連れて行き、皆で仮眠を取れば遅刻せずに済むのだが…

 敵陣営である可能性が高いこの二人に四次元魔法の事を知られたくない。

 俺を信じて付いてきてくれる人達のリスクとなってしまうから。


 だが、だからと言って俺を心配して待ってくれた友達に不誠実だ。

 『精一杯生きよう』って決めたのに、本当にこれで良いのだろうか…

 そんな事を悩みながら、すやすやと眠る二人に毛布をかけると自分のベッドで横になったのだった。



▽▽▽

 

「遅刻とかってありえない。やっぱり、ダメ王子だよな、あいつってさ」

「まあな、分かってはいたけどさ。しかし、スカーレットはイメージ通りだけど、ルールーさんまで一緒ってショックだわ…」

「あー。やっぱ、エロ王子の悪影響だよね。あいつルールーさんも巻き込んで、本当になんなの? 王子なんだから学園なんて来なきゃいいのに…」


 昼過ぎに学園へ顔を出した俺達は、遅刻の罰として廊下で立たされている。

 俺みたいな王子が晒し者になって、休憩中の生徒に暴言を投げられているのは、第三王子の息がかかった教員が裏で動いているせいだ。

 有力貴族の子弟と懇意にならないように仕向けているのだろう。


「クソ。皆でアルをバカにしやがって!」

「スカーレット、状況が悪化するだけですから怒ってはダメです。今は堪えましょう」

「堪えろって、なあアル… アル!?」


 なんだろ。

 こんな嫌な体験をしているのに、嬉しくなってしまった。

 スカーとルールーさんが一緒に居れば、何が起きたって世界が輝いて見えるのは何でだろう。

 顔が自然とにやけてしまう。


「アル…気持ち悪ぅ…」

「で、殿下…お気持ちは察しますが…どうぞ、お気を確かに…」


 あまりに二人が心配してくれるから、余計に嬉しくなり、満面の笑みを浮かべてしまった。


「スカー、ルールーさん。本当にごめんなさい。そしてありがとう」

「アル、何言ってるんだ? ホント、頭、大丈夫か?」

「こら! スカーレット、殿下のお気持ちをもっと察しなさい!」

「はあ? ルールー、私にそんな難しい事が出来る訳がないだろ?」

「もう! スカーレット、少しはーー」

「ルールーさん、もうそのくらいで…」

「殿下!」


 ルールーさんがスカーレットを怒ったテンションのまま俺に話しかけた。

 寝不足のせいもあるのだろうか。

 いつもと違って、ちょっと怖いぞ。


「殿下、スカーレットは愛称で呼んで、私には敬称で呼ぶのですか!」


 え、えっと。

 それは病院のベッドで引きこもりをこじらせたヲタが、絶世の美少女に話しかけられても、思わず距離をとってしまうからでして…と本当の事を言ってもしょうがないか。


 そうだよな。

 何か今回の事もあって、ルールーさんとも距離が縮まった気がする。


「る、る…」

「ルル?」

「る…ルーって呼んでも…良い?」

「はい、もちろんです殿下!」


 ルールーが今までで最高の笑顔になった。

 ぶっちゃけ可愛い過ぎてキュンしそうになる。

 しかし、大人な俺は崖っぷちでなんとか止まった。


「へえ。ルーって呼び方良いな。私もこれから、そう呼ぶぞ。でも、アルを殿下って呼ぶのはダメだな。ルーもこれからアルって呼びな。だってアルはアルだからな」


 はーあ!?

 何言ってるんだよ、この脳筋女?

 こっちは水際で踏止まっているのに、こんな美少女にアダ名で呼ばれたらダム決壊すんぞ?


「あっ、アル…アル様…」

「…」


 黒髪碧眼の美少女が上目遣いに俺を呼んだ。

 もう、彼女に目が釘付けになり、心臓のバクバクが止まらない。


「どうしたアル? 何か変だぞ?」


 クソっ。

 スカーレットも上目遣いで俺の顔を覗き込みやがって。

 コイツも美少女だから、異性を意識しまくってる今、お前にもドキドキしちゃうだろうが!


「うぁあああああああああああ!」


 彼女達との精神年齢差は二十年だ。

 大人な俺は、五歳児なんて簡単にあしらえる。

 だが、今回はあえて、絶叫しながら走り去ってやった。


「あ、アル!」

「アル様!?」


 遠くで二人の呼ぶ声が聞こえた。

 しかし、あれ以上あそこに留まったら、ノクターンノベルズ一直線だ。

 これが大人のたしなみ、戦略的撤退ってやつですが、ナニか?

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