異世界で、魔族が仲間になる

 俺は次元の狭間を開くと、レンガ作りの部屋に戻ってきた。

 三次元では一秒くらいの経過だろう。

 先程と変わらずソファーに座っていたカレンは、ハイネの憔悴した様子を見ると目を開いて驚いた。


「私の子がこのような姿になるとは…はっ! マリアは?」

「あっ。すまん」


 マリアの事をすっかり忘れていた。

 俺は次元の狭間を開くと、悶絶する彼女が床に転がった。

 それを見たカレンは、子供の失態に情けなくなり頭を抱える。

 その様子に苦笑いしながらも、サッズが声をかけた。


「そう悲観される事はありませんぞ。なかなかの手練れで肝を冷やしました。しかし、仇敵多き殿下の御身を守るには少しばかり力足らずといった所でしょうか。もしお力を借りるとすれば、貴女のような強者が宜しいかと。もっとも、この老骨とまみえてからですが、と殿下が申されています」


 いや、申してねーし。

 全く申して無いから。

 ホント、この爺は暴走してダメだな。


 マリアに俺の上着を掛けると、睨み合うサッズとカレンに割って入った。


「カレン・マッケンシー、先程羽織っていた外簑を身につけてくれないか? その体は少々刺激が強すぎる」

「ほう、この豊潤な身体を見ても不気味に思わないとは…アルバラート殿下は本当に人族なのか?」


 やっべ。

 巨乳見たことが無い人からすれば、気持ち悪い物なのか。

 まあ、その反応のほうが普通だよな。

 適当に誤魔化すか。


「未だに乳離れが出来ないのだ。頼む…」

「ふむ…」


 カレンは不服そうではあったが、マントを羽織ってくれた。


「やっとこれで話が出来るな…だが、話し合いの前に、暗殺の事だけは、はっきりさせてくれ」

「マリアの命をもって償えと?」


 カレンの剣呑な雰囲気にサッズがニヤリと笑う。


「違う、そうではない。問題は今後もお前達が俺を狙うのかどうかだ。カレン・マッケンシーがロッド人移民の手綱を曳けず、俺を狙うマリアのような奴が出るならば、移民全てを敵と見なす。そして、その時は迷わず魔族の首を落とす。殺れるよな、サッズ?」

「御意のとおりに必ずや」


 サッズは話し終えると高揚感から少し武者震いする。

 その一方でハイネとマリアは敗北感からか、睨みを効かせるだけで言葉を発しない。

 カレンはやれやれといった感じで目線で天を仰ぐと解決に向けての口火を切った。


「一部の人族は私を神と崇めているが、そんな大層な存在では無い。殿下が望まれるような、人の心を永遠に抑える事など、とても出来ぬ。いつかまた誰かが過ちを起こす事もあろう。だが、もし、そのような愚か者が出たら私が身を投げて殿下を守ろう」

「貴女が俺の護衛をしてくれるって事か?」

「そうだ。そして、万が一愚かな子が出た時に殿下の怒りが消えぬようなら、私は迷わず首を差し出そう。だから、その時はこの命一つをもって子らを許してはくれまいか?」

「「お母様…」」


 うーん。

 出来ない約束をホイホイするよりは正直で好感持てるんだけど…

 結局、俺の暗殺はマリアの単独犯だったし。

 どうなのだろうか…


 人質の意味も含めカレンを護衛として側に置けば、ロッド人の抑止力にはなる。

 ただ、有事にカレンを失ったり、処罰した時に移民の反発が凄そうだよな。

 それまでにカレンより俺の影響力を増すことが出来れば問題無いんだけど、そんなカリスマ性は無いのですよ。


 ただ、彼女を仲間に入れる効果は大きい。

 俺達とロッド移民の間に入って潤滑油となってくれれば非常に助かる。

 そして、彼女の名の元に人を集めれば、良い人材を確保できる。

 メリットと暗殺のデメリットを比べるとメリットの方がデカイのか?


「俺達はロッド人の労働者を求めているが、救世主じゃないから、ロッド移民全員を雇う事は出来ない。当然、ある程度身元を洗って、ロクでもない人間は弾くつもりだ。それでも良いの?」

「そうだな…いいだろう。ただ、一方的に決めるのでは無く、私の言を聞いてはくれるのだろう?」

「まあ、そうだな…」


 そうなると俺達が選定するよりも基準を下げてしまう。

 うーん。全てが俺の思い通りとはいかないか。

 この辺りが妥協点なのか?


「分かった、ではーー」


 カレンが俺の言葉を遮った。


「手を取り合う前に、一つ問う。貴方のような高貴な身が、何故、このように人や財を集めるのだ?」


 カレンが真剣な顔で聞いてきたが、本当の事を言ったら笑われるかな。


「俺の国を作る為だ。そうすれば暗殺の心配も要らないし、しがらみ無く好きに生きられるだろう? 臆病で貪欲なんだよ、俺は…」

「国を作るか…そこに私達移民の居場所はあるのですか?」

「ロッド人の居場所か…なあ、俺ってこの国では要らない王子なんだよ…」

「殿下…」


 サッズが形容しがたい悲しい顔をしたが、気付かないふりをして話を続けた。


「要らない王子の作る国には、厄介者の移民や異形の魔族がいたっていいだろう? もちろん、死にたがりの奴らもな」


 サッズが口角だけを上げてクスリと笑った。


 カレンは指で眉間を触り、俺の言葉に熟考していたが、ふとソファーを降りると片膝をついて頭を下げる。


「お母様!」


 優雅な所作に思わず見とれ、マリアの声が遠くに聞こえた。


「魔族は永遠を生きるがゆえに、この世に生きる全てを統べる存在だ。しかし、この夢物語の行く末を見届けられるのならば、喜んで人の子の下に就きましょう。今より殿下の命尽きる時まで、このカレン・マッケンシーの魂に賭けて忠誠を誓います」

「「お母様!」」

「私が夢見た万人を受けとめる国が幻なのか、あるいは叶うのかを、お前達は見たくないのか?」


 ハイネとマリアは顔を合わせると小さくうなずき、俺に向けて膝をついた。


「ハイネ・マッケンシーも殿下に忠誠を!」

「マリア・マッケンシー…お前に忠誠を…」


 ハイネはしっかりと、マリアは渋々といった感じで俺を見て忠誠を誓った。


 うーん。

 ここまで隷属しなくても、協力関係くらいで良かったのにな。

 追われた流民が新天地を作るって言ったら従いたくもなるか。


 俺が楽しく引きこもりたいだけの事なのに、付き合わせてしまって逆に悪いんだけど。

 まあ、利害関係が一致しているからいいのか。


「カレン、ハイネ、マリア。それでは、宜しく頼む!」

「「「はい!」」」


 こうして魔族三人が俺の仲間になったのだった。

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