異世界で、俺VSマリア

 一千万分の一で時間経過する次元Bの部屋に、魔族二人を引きずり込んだ。


 マリアは突然の移動に『な、なんだココは!』とキョロキョロと辺りを見回している。

 一方、サッズとハイネは環境の変化など一切気にせず、一触即発の状態でお互いの隙を探り合っている。

 ハイネが短剣の構えを変えると、呼応するかのようにサッズも槍の構えを変えた。


 マリアは薄暗い異次元空間に少し慣れたのか、俺の顔を見つけると恨みがましく訴えた。


「おい、お前! 私の屈辱が分かるか?」

「屈辱? 何の事だ?」

「糞を投げつけられた私の気持ちが分かるのかと言っているんだ!」


 はあ?

 何言ってんだ、コイツ?

 糞なんて全く身に覚えが…


 はっ!

 あった!


 そう言えば、この女に投げた魔法の中に、実験で使った危険ブツが入ってたんだ。

 いや、順番的には最初に危険ブツを入れたから、あの時、う◯こ、火球、火球の順に放たれたのか。


 そうか、それでか。

 絞殺してたら、うん◯を顔にぶつけられてたので、怒って短剣に切り替えたのか。

 なんだよ冷徹な殺し屋じゃあなかったのか。

 話してみるもんだね。


「だからなんだぁああ! こっちは殺されそうになって、ずっとトラウマなんだぞぉおお!」


 あー。

 久しぶりに血管切れる程、怒鳴った。

 しかし、逆効果だったな。

 相手はひるむどころか、怒りをあおってしまった。


 マリアは火傷の跡を見せつけるように晒すと、咆哮した。


「皆の為に少しでもお金になればと汚れ仕事を受けたのに、顔が糞まみれになるし! 逃げ回る羽目になるし! 余計な事したと怒られるし! お前だけは…お前だけは…お前ぇだけはぁあああ、絶対許さないぃいいいいいい!」

「知るか…来い、次元刀…」


 短剣を両手に持って迫り来るマリアを見ながら、俺は次元の狭間を開くと鞘に収まった模造刀を取り出した。

 そして、侍スタイルで腰を落とし、鞘を持った人差し指の腹の部分に黒い霧をまとう。


 魔族の筋力は人間を超越していた。

 二人の間には結構な距離があったのだが、みるみる縮まり、あっという間に俺の間合いに辿り着く。

 だが、この程度のスピードはクリフとの鍛練で経験済みだ。

 俺は次元刀を持つ右手に力を込めた。

 

 

「次元抜刀術(イダテン)」


 鞘を滑らせるように木刀を抜きつつ、人差し指に貯めた魔力で刃先に次元の狭間をまとわせる。

 対サッズ用にクリフと開発した、最速を目指した一撃だ。

 次元刀は鞘を飛び出すと、空気を切り裂きながらマリアを襲う。


「うっ!」


 一瞬で首元まで迫った次元刀。

 マリアはギリギリで反応し、両手に持った短剣で防ごうとするが、無駄な足掻きだ。

 二つの短剣は音もなく両断され、次元刀は速度を緩める事無く突き進む。


 無慈悲な刃があと少しで首に届き、寸止めでもしてやろうかと思った、その時。

 驚くべき身体能力で、マリアは首を仰け反らせた。

 そして、次元刀は半円を描きながらマリアの鼻先を通過するが、ふわりと浮かんだ野暮ったい前髪をバッサリと切り落とす。


「おお、かわされた!」


 思わず称賛してしまった。

 そんな間抜けな声など耳に入らなかったマリアは、刃先が通り過ぎると、後ろに倒れた体勢を活かしてバク転の要領で距離をとろうとする。


「はい、終わり」


 俺は次元の狭間を開き、多目的に使っている次元部屋に入ると、木刀を練習用の槍に持ち変える。

 そして、後転したマリアの真後ろに狙いをつけ、次元の狭間を開いて移動した。


 次元Bの部屋に帰ると俺の予想通り、マリアの後方に位置する事ができた。

 マリアは前方に居た俺の姿が消えてしまい、戸惑って無防備になっている。

 俺は気配を殺しながら、首めがけて力いっぱい槍を突いた。


「いてぇえええええ!」


 マリアの首に勢い良く穂先が当たると、バランスを崩して前のめりに倒れる。

 そして、両手を首の裏に回して『痛い、痛い』と転げ回った。


 うん。

 流石は魔族だ。

 悶絶ものの一撃を耐えるとは。

 人間だったら、気絶するのに、のたうち回る元気があるとは。


 魔族は皮膚が硬かった。

 突きを放った手が、鉄を叩いた時のように痺れている。

 こんな鎧みたいな皮膚では、普通の刃は通らないだろうな。


「まあ、俺には関係ないけど…」


 両手をジタバタと動かし、苦しみながら地面を転がる彼女の眉間に、ゆっくり狙いをつける。


「セイっ」


 槍を振り下ろすと、眉と眉のちょうど中間に当たり、マリアの後頭部が地面に『ゴン』とぶつかった。

 いくら体を鍛えようが、内臓、特に脳は鍛えられない。

 激しく揺れた脳は脳震盪(のうしんとう)の状態で、屈強な魔族と言えど耐えられないだろう。

 案の定、マリアはピクピクと痙攣を起こした。


 彼女を無力化した事で、俺はこの戦いに勝利する。


「殿下、お見事でございます!」


 目にも止まらぬ速さで繰り出される剣撃を、ニコニコしながら槍で受け止めるサッズの声が聞こえた。


「いやー。マジかー」


 俺の相手がマリアで良かったー。

 あれは無いわー。

 人間にアレの相手は無理でしょうが…


 サッズに打ち込むハイネの動きは、全く目視が出来ない。

 残像が糸を引いている感じだ。

 『キンキン』と剣戟(けんげき)の音が聞こえるので『ああ、激戦なんだな』と理解できる。


 うん。

 あれは関わってはダメなやつだな。

 そう思いながら、マリアを予備の次元部屋に収納するのだった。

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