異世界で、俺の方が間違ってた
ロッド人女性の案内で、パーク商会の工房の先にあるスラムの奥へと進んだ。
「この野郎! 囲んでやっちまえ!」
「セィ!」
「「「ウギャー!」」」
治安は一気に悪くなり、娼館や盗品などを扱う怪しい店が並んでいる。
鼻を突く臭いも悪化して、悪臭の元になっているだろう路地裏を見るのも躊躇(ためら)ってしまう。
「やりやがったなー! おい、もっと呼んで来い!」
「セイ! ハッ!」
「「イテェーーー」」
スラムの入り口に店を構えて、スラムの全てを知った気になっていたと思い知らされた。
「おい、強ぇぞ。 飛び道具だせ!」
「セイ! セイ! セイーーー!」
「「「うぁああああああ!」」」
ロッド人女性が、さっきから後ろをチラチラ振り返り、青い顔をしている。
うん。
気にしたら負けですよ。
見たらいけないやつです。
「あの、会長…お連れの方ですが…」
「うん。あれは居ない者と思って、気にしないでくれ」
「そ、そうですか…」
後方で『こいつはヤバい! に、逃げろ! ウギャー』という声が聞こえたが、絶対に気にしない。
何故なら、彼は僕たち二人とは別のグループだからだ。
そう。知らない人だから良いのだ。
後ろで起きている出来事は僕らとは全く関係の無い出来事なのだ。
謎の悲鳴を背中で感じながら歩いていると、中年女性が立ち止まり、どうやら目的の建物に着いたようだ。
建物は、スラムにしては珍しいレンガ作りの一軒家だった。
扉の前には用心棒のようなガラの悪い男がいて、中年女性が小走で近寄ると、何やら説明をしている。
「ふぅ。殿下、あやつら程度では肩慣らしにもなりませんでしたぞ」
中年女性を待っていたら、サッズが追いついたようだ。
一応、念のためだが、後方を確認した。
うん。
二十人は転がってるよね。
娼館の客引きが強引だからって、これは無いわー。
でも、凄い誉めて欲しそうに見て来るんだけどさ。
これって怒っていい場面じゃないのかな。
俺、連れて来る人間を違えたよ…
はぁ。
「さすがサッズだな」
「いえいえ。悪魔とまみえるかと思ったら年甲斐も無く高ぶってしまいました。私もまだまだです」
「そ、そうか…」
そんな話をしていると、中年女性が戻って来て『会長、どうぞ中へ』と声をかけられた。
しかし、サッズがこの日初めての仕事をしてくれて『殿下、ここは私が行きます。安全を確認できたら呼びますので』と言って先に家へ入り、少ししてから俺を呼びに来た。
「中には三人、敵意は無いようです」
サッズの言葉にうなずき、家へと足を踏み入れる。
六畳程の何もない部屋に、三人の人物がいた。
一人は古びたソファーに座っていて、その一歩前に警護をするように二人の人物が立っている。
三人ともマントのような衣装を着ていて、頭からフードを被っている。
パッと見は二十代の人間と変わらない。
中央の女性は色白だが、両隣の男女は少し色黒か。
二人の肌色はロッド人っぽいな。
本当に魔族なのだろうか。
近づいて挨拶をしようとしたら、『これ以上はダメです』とサッズに止められた。
警護ができる間合いの限界地点なんだろう。
この一言で一気に場が緊張し、話すタイミングを逸してしまった。
どうしたものかと思っていたが、そんな空気を読めない奴が居た事を忘れていた。
そいつは目玉が飛び出るのではないかと思うぐらい眼を見開き、空気が震える程の大声を出した。
「ミルド王国第五王子、アルバラート・ミルド殿下の御前である! 身なりを整えろ、無礼者が!」
「「なんだと!」」
両隣の男女がサッズに敵意を剥き出しにした。
うん。
えーと。
どこから突っ込もうか。
まずは、こんなスラムのど真ん中で堂々と身元明かしちゃダメですよね。
と言っても、サッズの中では『王族たる者、常に正々堂々、王道を行け』って感じで、俺がこそこそ、お忍びで来るなんて絶対に許さないよな。
ああ、だから来るときも堂々とゴロツキを全滅させてきたのか。
うーん。
しょ、しょうがないな。
この件は諦めよう。
しかし、いきなりの喧嘩腰は良くない。
これってさ、明らかにあおってるよね。
サッズが悪魔と戦いたいだけなんじゃね。
でも、サッズの言い分にも一理くらいあるか。
呼び出した客に対して、その格好はダメだよね。
マントの下に何か隠し持っていたらヤバいし。
無礼と言わざるをえない。
その点でサッズの主張は正しいのか?
あれ?
なんか凄いサッズが正しく思えてきた。
う、うーん。どうなんだ?
「二人とも止めなさい。その御仁の言う通りです。身元を隠す事なく、来訪した客人に無礼です。我々も正体を明かしましょう」
中央の女性がそう言うと、ゆっくりコートを脱いだ。
そして、左右の二人も渋々と後に続く。
「あっ」
思わず間抜けな声が出てしまった。
中央の女性はマントの下にインドの衣装、サリーのような民族衣装を着ていて、頭には羊のような巻き角(つの)が付いている。
左右の二人も真ん中の女性ほど立派な大きさではないが、小ぶりな巻き角が生えている。
「魔族だな、サッズ…」
「魔族ですね、殿下…」
サッズと二人、実際の魔族を見て、目が釘付けとなった。
そんな俺達に、中央の女性は妖艶な笑みを浮かべるのだった。
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