異世界で、悪魔を救って下さい

 パーク商会の会頭室で、下着製作をしている女性に『ロッド人の移民を救ってくれ』とお願いされた。


 えーと。


 それってさ、転生直後とか転移直後の台詞じゃね。

 もう五年以上経ってるんですけど。

 異世界に来たウキウキなんて、とっくに忘れたので、そういうイベントはもう結構なんですけど?


 と言っても分かってはくれないよな。

 きちんとお断りするか。


「何か勘違いさせたなら謝るが、俺たちはロッド人を救済しているんじゃなくて、お金儲けをしている。だから、仕事をしてくれるのなら、帝国人だって、魔境の悪魔だっていいんだよ」


 とは言ってみたものの、この人を含め商会に携わっている人は全員幸せになって欲しいと思っている。

 でも、それはロッド人の移民、全員ではない。


 俺は救世主じゃないんだから。

 そういうのは、異世界転移した『オレ強ぇー』な人に頼んでくれ。

 『オレ弱ぇー』ので勘弁して下さい。


 ロッド人女性は、にこやかに笑うと、衝撃の一言を放った。


「会長ならそう言ってくれると思っていました。仕事をするなら悪魔でも良いんですよね? それなら悪魔にも仕事を下さい、お願いします!」

「え!」

「ナニ!?」


 悪魔にもってことは…

 本当に居たのか…悪魔が…

 マジか…


 リックの顔を見ると、やっぱり衝撃を受けている。


「か、会長…悪魔なんて、いるんですかね…」

「ど、どうだろうな…移民に紛れてるって事なのか?」

「はい、そうです」


 中年女性はニコニコした顔で、とんでもない爆弾を投げやがった。


▽▽▽


 後宮の家庭教師によると、ロッド王国が建国されたのは四百年ほど前と言われている。

 建国というと聞こえが良いが、帝国との国境付近にあった、ミルド王国のロッド領に、特別な思想を持った人を追いやって隔離したのが本当の史実だ。


 その思想について、ミルド王国では悪魔崇拝と言われている。

 ロッド人に言わせれば、悪魔ではなく魔族の存在を認めているだけだと主張するが、ミルド人の忌避感(きひかん)は半端じゃない。

 二本の巻き角を生やした悪魔達は、永遠の時を生き、歴史の転換期には必ず現れて、人々を不幸のどん底に落とすとされている。


▽▽▽


「おとぎ話の中の存在だと思っていた…」


 俺は衝撃から立ち直れなかったが、中年女性は話を続けた。


「魔族は実在します。流民となった我々をずっと守り導いてくれました。ただ、異形の者はミルド王国で生きる糧を得る事が難しく、食べ物や衣料などの必需品は持ち寄りで献上しているのですが、その事を気に病んでいるご様子でして…」


 ロッド移民は、餓死者が出るほど厳しい生活だ。

 それなのに、食べ物を献上するなんて、相当な人物なのだろうか?

 それとも悪魔崇拝が事実で、強い信仰心のせいかもしれない。


「会長、一度会って頂けませんか? お願いします!」


 お、おう。

 悪魔に会ってくれって言われてもな…

 俺は勇者じゃないし、どうしたものか。


 ただ、ロッド移民をまとめている、リーダー的な誰かがいるのは知っていた。

 もっと多くの移民を雇うには、そのまとめ役と話す必要があるとは思っていたのだが。

 相手が悪魔か…


「止めましょうぜ、会長。悪魔に食われちまいますよ?」

「そんな事ありません! 会長に話してるのに、会頭は横から出て来ないで下さい!」

「…」


 リックが女性にめちゃくちゃ怒鳴られて、シュンってなってる。

 うん。さすがリック。

 めっちゃ面白い。


 しかし、どうしたものか。

 この女性がそこまで言うのなら命の危険は無い、よな?

 魔族に興味があると言えばあるのだが…


「うーんと。魔族と会えば、もっと多くのロッド人を雇えるかな?」

「はい。影響力のある方ですから、間違いなく人が集まります。ひょっとしたら移民全てが会長の元を訪れるかもしれませんよ?」


 って、老人や子供も合わせれば、五千人はいるぞ。

 それはそれで困るのだけれど。


「分かった。明日会おう」

「ありがとうございます、会長! 大好き!」


 俺に抱きついて大喜びする中年女性に対して、リックは心配顔だ。


「ダメですよ、会長! どうしても行くって言うなら俺が代わりに行きます!」

「そう心配するなよ、リック。念の為、護衛はつけるから」

「だが万一…」

「もう! 会長の安全は私が保証するから、会頭は工房にいてパンツ作ってて下さい!」


 そう言って中年女性がリックの背中を叩くと『ケホっ、ケホっ』とむせて苦しそうだ。

 リックは文句を言おうとしていたが、倍になって返って来るなと思い直し、言葉を飲み込むのだった。


▽▽▽


 その日の夕方。


 王城の修練場を訪れると、サッズと弟子数人が槍を振って汗を流していた。

 サッズが俺に気づいて汗をぬぐいながら歩み寄る。


「こんな時間に珍しいですな、殿下」

「ああ、頼み事があって来たんだ」

「ほう。この老骨に出来る事でしょうか?」

「えーと。サッズじゃなくても、死んでもいいって人なら誰でもいいんだけどさ」


 この修練場には、『平穏の中で死ぬのならば、戦いで果てたい』という奴が多い。

 というか、全員そんな武人だけだった。


「殿下、それは尋常ではありませんな」


 とサッズは言うと、すごーく嬉しそうな顔で部屋の隅へと連行された。


「ここならば、誰にも聞こえません。ささ、ご事情をお教え下さい」


 サッズが顔を寄せて小声で話したので、俺もなんとなく小さい声で答えた。


「実は明日、スラムの奥に行く」

「ほう。それは興味深い話ですな。しかし、スラムのゴロツキ程度が殿下を脅かすとは思えません。他に脅威があるのですか?」

「そうなんだよ。スラムの奥で移民を仕切ってる、魔族と会うんだ」

「ナニ!?」


 サッズが漫画かっていうくらいの驚く顔を見せた。

 ちょっと、まだ固まってるし。

 このクソ爺、いや、ご老体でもビックリする事があるのね。


「で、で、殿下…本当ですか…本当に魔族ですか…」


 サッズの伸ばした腕がプルプル小刻みに揺れていて、うち震えているという言葉がピッタリだ。


「嘘なら良いんだが、本当に魔族らしい。どんな奴でどんな攻撃をしてくるか分からないから、荒事になって死んでも良い人を連れて行こうと思ってーー」


 言葉を遮って、サッズが俺の肩を掴むと、ぐわんぐわん揺らした。


「殿下! そのお役目、是非、是非、私に! 魔族とまみえ、矛を交わすのが夢だったのです。後生です…後生です、殿下!」

「そ、そんなに興奮することなのか、サッズ?」

「何をおっしゃいます、殿下。奴らの強さは相当だと言われています。私が行かねば、殿下のお命も危ういかもしれませんぞ?」


 マジかー。

 そんなに強いのかー。


 戻って中年女性に、やっぱりやーめたーって言おうかな。

 でも、そうすると目の前で瞳をキラキラさせている人が何するか分かったもんじゃないし。


 ああ…相談する相手を間違えた。

 はぁ…諦めるか。


「そ、それでは明日は頼むぞ、サッズ…」

「承知致しました、殿下!」


 サッズが悪魔のように笑ったのだった。

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