異世界で、銀髪少女に絡まれたー2ー

「はぁ…はぁ…はぁ」

「スカーレット…」


 ルールーが目を細めて心配するが、スカーレットは息を切らして攻撃を続ける。

 試合が始まってから、いったいどれくらい経ったのか。

 もう、辺りは暗くなり始めている。


 この娘の体力は無限か?

 お互い息が荒くなっているのに、攻撃は一向に止まない。

 槍の腕前をあれだけ自慢したのは、伊達ではないという事か。


「な、なあ、もういい加減にしてくれよ…」

「はぁ…はぁ…まだだ…絶対に負けるわけには…いかないんだよ!」


 スカーレットが気力を振り絞って攻撃をしてきた。


 あのさ。

 なんなんだよ。

 何で立ち上がって来るんだよ。

 何回も地面に転がされて、どうにもならない実力差は理解してるだろうに。


 いい加減、嫌になった俺は攻撃を避けると、矛先の下にある木の部分をスカーレットの手首に当ててやった。


「痛っ」


 スカーレットは痛みから槍を落としてしまうと、流石に気力も尽きたのか、呆然とこちらを見ている。


 ドヤ!

 今の攻撃はカウンター気味でちょっとカッコいい。

 黒髪美少女もドキドキしたのでは?


 そう思ってルールーをチラ見したら、『殿下、危ないっ!』と警鐘を鳴らされた。

 慌てて振り向くが、スカーレットが俺に飛びかかって押し倒し、またもや馬乗りになる。


 こいつ、槍で勝てないからって、また喧嘩か。

 頭にきて反撃してやろうとしたら、両肩を捕まれて揺さぶられた。

 スカーレットが大きい眼を更に開いて、泣きながら叫ぶ。


「私には…私には、槍しかないんだよ! 妾(めかけ)の娘の私には! 何でも持ってる王子のお前なんかに負ける訳にはいかないんだよ!」

「…」

「スカーレット、もう止めて!」


 ルールーがスカーレットの服を引っ張り、俺から引き剥がそうとするが、スカーレットはしっかり掴んだ手を離さない。

 俺の上でポロポロと泣き出し、鼻水が出て、整った顔立ちが台無しになった。

 そして、鼻先が触れ合うのではないかという距離まで顔を近づけると、嗚咽しながら訴える。


「なんでだ…なんでお前みたいな奴がこんなに強いんだよ…」


 近くで見たスカーレットは、真っ赤な瞳が涙で潤んで綺麗だった。


 俺はピーターの時と同じ過ちを、また繰り返した。

 子供だと思って、真摯に向き合わなかった。

 この娘にも、俺と同じように理由があって背伸びをしていたんだ。

 

 スカーレットが、あまりに真っ直ぐな瞳で見つめるから、俺の心は罪悪感で押し潰されそうになった。


「なあ、一緒に強くなろうよ…」

「一緒に?」

「ああ…お前も俺も学園での稽古相手は必要だろ? ダメか?」


 学園で友達を作るという事は、俺がやろうとしている事が貴族共にバレてしてしまう可能性が高まる。

 それでも、この小さな銀髪の少女が抱えた何かを一緒に持ちたいと思った。

 キラキラ光る美しい瞳を守りたいと思ってしまった。


 スカーレットが『ズズっ』と鼻水をすすってから、口を開いた。


「いいぞ。私の相手をできるのは、どうせお前くらいだからな」


 笑顔を作った拍子に、でっかい鼻水が俺の顔に『べちゃっ』と落ち、『汚ったねえな!』とスカーレットを押し退けた。

 そして、地面に座ると、改めてお互いの顔を見る。

 鼻水と涙、それに土埃りで汚れてひどい顔だ。

 思わず笑ってしまった。


「そう言えばまだ名乗ってなかったな。スカーレット・クルーガーだ」

「知ってるよ! でも俺も一応名乗るか。アルバラート・ミルド、第五王子だ」

「知ってるよ!」

「そうだよな。でも、仲良い奴はアルって呼んでるから、スカーレットもそうしてくれ」

「分かった。そうか…お前がアルなら、私はスカーと呼んでくれ。誰も呼んだ事は無いが、アルにはそう呼んで欲しい」


 うわ!

 やべっ!

 笑顔が可愛くて、危うくキュンするとこだった。


 危ない、危ない。

 五歳児にキュンキュンしたらまずいだろ。

 隙を見せたらヤバいな。

 しっかり自制しなければ…


「それと、これは勝負に負けた私のケジメだ…」


 そう言ってスカーレットがモソモソとズボンを下ろし始めた。


「な、何やってるんだ、いきなり!」

「アルはあっち向いてろ!」

「な、な、な、な、なんだよ! 何すんだよ!」

「だから、ケジメだ! お前の好きな、パンツを戦利品としてやる!」

「な、な、な、何言ってるんだ!」

「集めているんだろ、お前?」


 とりあえず槍でド突いてやった。


「いるか! ボケ!」


▽▽▽


 夜になり、風呂から自室に帰ってきたルールーとスカーレットは、ベッドに入ると直ぐに寝てしまった。

 今日は試験もあったし、疲れていたんだろう。


 ルールー・アイリスとスカーレット・クルーガーが同室か…

 明らかに策略だよな。

 暗殺路線から懐柔路線へと変更したのだろうか。


 ルールー・アイリスはこの国の宰相、ジェリコ・アイリスの次女だ。

 ジェリコは王位争いに加担していないが、この人物が決定権を持っていると言われている。

 黒い噂も多く、コイツが毒殺を仕向けた黒幕かと思っていたのだが、違うのかな。

 娘を差し出してきたという事は、婚姻が狙いだろう。


 ルールーは美人で素直なのだが、賢すぎるの所が怖い。

 常に柔和な対応をしているのも、父親からの指示なのだろうか。


 そして、スカーレット・クルーガー。


 ダリュー・クルーガー伯爵の娘か。

 妾の娘と言っていたが、どうなんだろ。

 スカーは理解していないだろうが、やっぱり婚姻目的だよな。


 クルーガー家は有事に将軍職を任される武の名家だ。

 そして、ダリューは第二王子を王位に押し上げようとしている中心人物。

 最初の暗殺者を仕向けたのがコイツかと思ったが、違うのかな。

 それとも暗殺を諦め、監視に切り替えたのか。


 同室の美人二人は可愛い顔で寝息を立てているが、最悪の気分だ。

 ルールーが本妻でスカーが側室って感じで、大人の間ではとっくに話がまとまっているのだろう。


 後宮を出て学園に来たけど、相変わらず、しがらみだらけ。

 第二の人生も、なかなか、ままならないな。

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