転生したら、出生の秘密が分かった

 ある日の深夜。


 剣術稽古で汗を流し、休憩をしていた俺とクリフをサッズが訪ねた。

 いつもの朗らかな顔からは考えられない、険しい顔をしている。

 相当重い話をするのだろう。


 はぁ。

 嫌だな。

 

「殿下、今宵もご機嫌麗しく…」

「サッズ、こんな夜更けに前口上なんて要らないよ。用件を言ってくれ」

「はい、実は…ビィクトリア王妃から言付けを賜って来ました。『明日、王家の晩餐をする』との事です」

「晩餐? 殿下、絶対にダメです。何者かの陰謀に決まっています。もし、食事に毒を盛られたらお守りできません!」


 クリフが王族への不敬を気にせず忠言するが、サッズの立場を考えると行くしかない。

 まあ、それを見越してお母様がサッズに伝令をさせたんだろうけど。


「俺、死んじゃうかな?」

「どうでしょう…五割といった所でしょうか」

「あと半年…あと少しで王城を離れ、学園に行かれるというのに、どうして今さら…」


 クリフが沈痛な面持ちをしている。


 うーん。

 そうか。

 サッズの見立てで五割か…


 けっこうヤバいのかな。

 でも、俺の欲しい物を得る為には、どうしても行く必要があるんだよ。


 考え込む俺に、サッズは言葉を続けた。


「殿下、このような真夜中に不躾(ぶしつけ)なお願いをしたお詫びといってはなんですが、少し昔話を致しましょう」


 そう言って、俺が生まれる二年前に起きた大戦の話をした。


▽▽▽


 この大陸で最大の領土を誇るラドルフ連邦帝国が、突如、宣戦布告も無しにロッド王国へ一万の兵を侵攻させた。

 突然の侵攻にロッド王国は領土の半分を奪われてしまったが、すぐさま奪還に向けてミルド王国、スペンド共和国で三ヵ国連合を作り、帝国に決戦を挑んだ。


 闘いは兵数が拮抗した為、大激戦となった。そして、双方の軍が三割を越えて損耗すると、停戦を求めた帝国の使者が、ミルド王国とスペンド共和国の陣営を訪れた。

 帝国が提示したのは二十年の相互不可侵。疲弊した両国はその仮初めの平和を承諾し、残るロッド王国を説き伏せると終戦を迎えた。


 後に判明したのだが、帝国が二十年という長期間を提示した理由は、老齢の皇帝が崩御した為だ。

 そして、これからは、いつ終わるのか分からない後継者争いが始まるだろうと噂されている。


| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

|   ① |

|     |

| ̄ ̄ ̄ ̄/ ̄|

|   / | |

|② /③|④⑤|

| /  | | |

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

① 魔境

② ラドルフ連邦帝国

③ ロッド王国

④ スペンド共和国

⑤ ミルド王国


▽▽▽


 うん。

 まあ、やっぱりね。

 俺が教えられた歴史とは違うよ。


 ミルド王国兵士が無双の活躍で帝国兵をバッタバッタと斬り倒し、半泣きの帝国に停戦を認めさせてやったぜ。

 そんな話しが有るわけないよ。

 歴史を歪曲し過ぎなんだよ、この国は。


 サッズは大戦の事実を語ると、より一層表情を険しくさせた。

 

「殿下、この話には続きがあります。停戦を受け入れたミルド王国では、帝国との融和の声が高まりました」

「えっ! 建国以来、不仲なのに?」

「はい。戦争の悲惨さに腰を引いた貴族が多く、帝国融和派という集団が生まれました」


 そんな話は初耳だ。

 ミルド王国とラドルフ連邦帝国は、一つの国が割れて出来た。その為、犬猿の仲のはずなのに…

 

「そして、融和派の中心人物がビィクトリア王妃です」

「お母様か…王妃が何故…」

「王妃の思いはただ一つ、第一王子の為です」


 サッズの説明によると、王妃達、帝国融和派の計画は、新たに王女を産み、皇族と政略結婚させる事で停戦期間の延長を目指すという物だ。

 もし延長が実現すると、更なる平和をもたらした王妃の功績は大きく、その意向は王国で無視できないものとなる。そして、それは、王位継承争いで悩む息子、ラドルフを大きく後押しする事を意味する。


 第二婦人から産まれ、人望に厚い『第二王子のミック』や、第三婦人から産まれ、知性に富む『第三王子のデモン』。

 どんなに二人が優秀であっても、条約の下、二十年を越える平和を統治するならば、凡庸なラドルフで十分だ。

 王女さえ産まれれば、我が子の行く末は明るい。


 王妃は意を決すると、数十年間、決して訪れなかった王の私室の扉を開いたのだった。



 サッズは俺を眼光鋭く見つめた。


「しかし、多くの者の期待を一身に受けて誕生したのは王子でした…殿下、それが貴方です…」

「ああ…」

「王子が産まれた事で、融和を熱心に推し進めた者の中には、王妃の怒りを買い、立場を悪くした者も多くいると聞きます。そして、そうした者共が逆恨みをし、殿下の命を狙っているという噂は絶えません」


 ああ…

 えっと…

 思考が停止した。


 産まれてから、母親に愛されない理由が分かった。

 産まれてから、多くの人が、隠れて忌み嫌ってる理由が分かった。


 うん。

 なんだろ?

 クリフが駆け寄って来る。


 あれ?

 俺、また泣いてるのか?


「うぇええええええええええええん」

「殿下、泣かないで下さい! このクリフは、殿下にお会いでき、共に歩め、人生最良の幸せにございます。例え王国の民、世界の民、誰に恨まれたとしても、私だけは殿下の味方となりましょう。だから、どうぞ、どうぞ、その涙をお止め下さい!」


 赤ん坊の頃から俺が泣くと、クリフは必ず駆け寄ってくれる。どんなに遠くに居ようが、何時だろうが。

 そして、優しく抱き締め、髪を撫でてくれる。

 この暖かい腕の中で、何度心を癒しただろう。


 クリフのおかげで水底まで落ちた心が、ゆっくりと水面に浮上した。


「もう、大丈夫だ。クリフ…ありがとう」


 クリフの肩を叩くと、心配そうな顔がゆっくりと離れた。


 よし。

 大丈夫。

 生理現象が収まり、少し冷静になった。


 お母様は第一王子のラドルフを守る為に、最良の策を打ち、失敗しただけ。そして、例え帝国に婿入りしても争いの種にしかならない王子の俺を疎(うと)んだけだ。


 大丈夫、大丈夫。

 体が丈夫だから、前世より良い。

 俺は一生懸命生きるだけだ。 


 心が多少は落ち着いたので、話を続けた。


「サッズ、なぜ今そんな話をしたのだ?」

「本来ならば心身共にご成長されてからと思っていたのですが、先ほども申し上げました通り、殿下のお命も明日までかと。事実を知らずに冥福へと旅立たれるのは余りにも不憫でー」

「師匠! 不敬が過ぎます!」


 クリフが俺の代わりに怒ってくれた。

 サッズに口答えするのを初めて見たぞ。

 相当、腹が立ったんだな。


「クリフ、そう怒るな。サッズの言う通り、晩餐が危ないのは事実だし。王城で誰かが何かを仕掛けて来るなら、これが最後の機会だ。だが、しかし、これだけは言わせてくれ。俺は絶対に生き残る!」

「流石は殿下。それでこそ我が弟子です」

「ぷぅ~」


 ため息を一つ吐き、明日に向けての対策を考える。

 そんな集中する俺に、『殿下、これが最後となるやも。後生です、槍を、槍を交わしましょう!』という爺の声がしたが、ガン無視してやったのだった。

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