転生したら、密かに尊敬していた人が芸人さんみたいだった
王城の隅に、貴族や大商人といった高位の人物を一時的に幽閉する牢獄がある。
俺は今、その門を潜ろうとして守衛に止められた。
「あっ! 殿下ダメですよ、こんな所に来ちゃあ」
制止した守衛を見ると、見知った顔だった。
「ああ、そうか。ここが仕事場なのか…お前は一日中、槍を振ってるだけの男かと思ったぞ」
「ひでえな殿下、ちゃんと働いていますよ」
この守衛は、槍神と呼ばれるサッズ・グリモールに師事を受ける、俺の兄弟子だ。
槍の腕前はそこそこだが、槍先で足元をすくい背中から転ばせる技、弟子の間では槍神の手遊びと呼ばれる技術にだけは優れている。
俺も会得したくてコツを聞いたら、『囚人相手にいつも使っているからですよ』と答え、その時に仕事の話をした覚えがある。
「リック・パークが、ここにいるよな?」
「えっ!? まさかのお宝狙い? 子供みたいに可愛い心が殿下にも残っていたんですね」
ムカついたので電撃の槍を食らわすと、別の門番にリック・パークが居る独房の場所を聞いた。
そして、すたすたと歩いていると、『殿下なら大丈夫だと思いますけど、何かあったら大声で呼んで下さいねー』というデカイ声が後ろから聞こえた。
流石は兄弟子。
電撃食らっても回復が早い。
▽▽▽
リック・パークという人物を密かに尊敬していた。
海草を商材とした先見の目に加え、訴えられる寸前に全財産を隠した機転の良さは、非凡と呼んでいいだろう。
ピーターから察するに、容姿も端整な顔立ちだろうと思っていたのだが…
「なんだ、お前は!」
でっぷりと太った中年の男が、寝転がりながら俺を怒鳴った。
うん。
えーと。
俺は心の中で、『言葉をつつしみたまえ! 君はラ◎ュタ王子の前にいるのだ!!』とキメ顔で言いながら、インドラの槍を突いた。
「痛ぇええ! 何するんだガキ!」
寝転んでいたリックが飛び起きて、鉄格子に詰め寄る。俺はびっくりして思わず槍をまた突いてしまった。
「痛ぇえええええ! 何で、無言で槍を突いてくるんだよ? 頭がおかしいのか?」
うーん。
本当にコイツが、リック・パークなのか?
想像と違ってリアクション芸人さんみたいだぞ。
顔も全然ピーターに似てないし。
うむむ。
でも、念のため確認しておくか。
「お前がリック・パークか?」
「あーなるほど。財産目当ての新手か…残念だったな。金は最上級の娼婦と最上級の酒に使っちまって、すっからかんよ。ざまーみろーだ」
うーん。
合ってる?
いや、合ってるっぽいぞ。
これがピーターの親父か…
なんかイライラして、槍で突きたい感じだ。
この親から何であんな良い子が生まれたんだろ。
ああそうか。母親似なんだよ、きっと。
「母親似だろ?」
「ああん? どっちかと言うと俺は父親似だなって、いったい何の話だよ? そんな話をしに、こんな所まで来たのか…貴族の考える事は分からねぇな…」
あ、しまった。
主語が抜けていた。
お前の事なんか聞いてねーよ。
しかし、ノリ突っ込みが上手いな。
コイツ生きる時代を間違えてるぞ。
「ああ、すまん。ピーターの話だ」
「ナニ!?」
再び詰め寄るリックの表情は、一気に真剣さが増した。
「お前、何でその名を知ってる!」
必死なリックをなだめると、俺はこれまでの経緯を説明したのだった。
▽▽▽
リックは一通りの事情を聞くと『うーん』と大きくうなり、俺に顔を近づけて小声で話した。
「なるほど、ファイザー商会か。厄介な奴らに目をつけられたな、殿下。復讐するには相手が大きすぎるぜ」
「いや、今はファイザー商会には敵対せず、協調しようと思っている」
「協調? どうやって?」
「浅漬けの利権をタダで渡す」
「ナニ!?」
リックは渋い顔をしたが、俺は当初から思い描いていた策略を説明した。
そもそも俺は、浅漬けの販売で儲ける気は全く無かった。商売の狙いは、難癖をつけてきた商会の弱味を握る事。『ふーん。王子が考えた商品をぶん盗るんだー』みたいな感じで。
リックによると、予想以上の大物が釣れてしまったが、アーク商会でなければ問題ない。
もっとも、地方の行商に強いアーク商会がしゃしゃり出てこない確信はあったが。
弱味を握ったファイザー商会には王国とカンザス伯爵の間に立って貰う。そして、これが今回の本当の目的だが、リック・パークの釈放と財産の一部を受けとる事を目指すのだ。
「お前に助力している商会があれば、そちらを使うが、どうする?」
「はっ。そんな気概のある奴が居たら、半年もこんな小汚ない牢屋に入っていませんよ」
「それもそうだな」
二人で苦笑していたが、急にリックが真面目な顔をした。
「殿下、どうして俺なんかに肩入れしてくれるんですか? やっぱり金ですか?」
「ああ。本音を言うと、お金と味方が欲しかったからだ。だが、今は…ピーターの為に父親を救いたい。ただそれだけだ…」
「アルバラート殿下…」
「なあ、ピーター達にどう謝ったら良いんだろう…」
リックが商人らしく『がはは』と大声で笑った。
「バカどもには良い経験となりましたから、殿下が気に病む必要なんてこれっぽっちもありませんぜ。このクソみたいな国じゃあ、よくある話… あっ! 殿下の前で言ったら不敬罪になっちまう!」
「えい!」
「痛ぇええええええ!」
リックがボケたので槍で突っ込んでやった。
ああ、しかし、良かった。
リックが大声で笑うたびに、心のささくれが取れていく。
ピーターの親父は、凄い商人だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます