転生したら、槍神にめちゃくちゃ打ちのめされた ー1ー

 石造りの宮殿には珍しく、木の板を床に敷き詰めた一室に案内された。そこでは数人の男たちが槍を使った試合をしていたが、老人が一声かけると全員が部屋を出て行った。


 うん。

 人払いして、ヤバい雰囲気だ。

 死にはしない、よな?


 内心ドキドキしながら向かい合っていたら、老人が驚くような綺麗な所作で礼をした。


「先程は失礼致しました、殿下。私、サッズ・グリモールと申します。かつて男爵位を授かりましたが家督を長男に譲り、今は棒振りに興じるただの老人にございます」


 えっと。

 うん。

 普通の老人は人間を宙に浮かせて、呼吸できないような体勢で落としたりしないよね。


 うん。

 そして、名乗りは聞いたし、もう帰って良いよね?


「うむ。サッズ・グリモアか、おぼえておく。では…」

「どちらに行かれるのですか、殿下?」


 背を向けて歩き始めた俺の右肩をサッズが掴んだ。地味に痛い。仕方なく振り返ると目が合ってしまい、眼球の圧力が半端じゃなかった。


 うん。

 これ逃げられないヤツ。

 強制イベントだよ。

 こうなったらしょうがない。

 腹を決めて探りを入れるか。


「サッズ、誰のめいれいだ?」

「流石は殿下、噂に違わぬご英明」

「せじはいらぬ!」


 圧倒的強者を前に、少し焦っていたのかも。語気が荒くなってしまった。サッズは一瞬悲しい顔をすると、俺の問いに答えてくれた。


「ビィクトリア王妃から、お話を受けました。ご成長著しいのは良いのですが、後宮を乱すのは如何なものかと」


 あー。

 なるほど。


 要はお母様がスカートめくりにムカついているって事か。それだけの理由だったら話し合いでなんとかなりそうだな。こんな得体の知れない人物と敵対しなくて済みそうだ。


「うむ、わかった。じちょうしよう」

「はい。そう言って頂けると、この上ない喜びにございます」

「うむ、そうか。ではまた会おう、サッズ…」

「いえ、殿下。もう暫し、お付き合い下さい」


 えっ?

 なんで?

 自重するって言ってるじゃん?

 何で引き留めるの!?!?


「ここは槍の修練場、折角ですから少し矛を交えてみませんか?」

「うーむ。あらごとはすかない」

「なるほど。月夜の修練は欠かさないが、爺の相手は出来ないと」


 ああ、やっぱり。

 情報が漏れてる。

 サッズは敵側なのだろうか。

 

 そんな事を考えていたら突然、威勢の良い掛け声が聞こえた。


「セイッ!」


 声と共にサッズが槍を振るった。

 槍先が俺に向かって来る。


 意表を突かれ焦ったが、クリフとの練習のおかげで何とか反応出来た。

 俺の鼻先を鋭い刃先が『ヒュンッ』と通り過ぎて行った。


 あのさ…

 死ぬよコレ…

 反応が遅れたらサクッと脳天割れてたよ?


 というか、この人も俺を殺しに来た訳ね。

 お母様の差し金かどうかは分からないけど。


「ほう、なかなかやりますな。しかし、次は生き残れますかな?」


 ああ、そう。

 オーケー、オーケー。

 ヤル気満々なのね。


 そっちがそうなら、良いですよ。

 やってやりますよ。

 そんなにご所望なら、老い先短い寿命を終わりにさせてあげますよ。

 初っぱなから出し惜しみ無しの全力をぶつけてあげますよ。


「開け、次元B…」


 俺は小声でつぶやくと足元に次元の狭間を作り、吸い込まれるように一千万分の一で時間経過する四次元空間に移動した。


 四次元空間は相変わらず薄暗いが、火球魔法を発動させると周囲が明るくなった。

 俺はサッズが立っていた後方をイメージして次元の狭間を開くと火球を投げ入れる。そして、続けざまに腰、背中、頭に向けて淡々と火球を放った。


「目眩ましは、これくらいで良いか…」


 火球は気を引ければ十分だ。本命の攻撃は、右後方から迫る次元刀。左利きであろう彼からすれば、対処が難しい一撃になるはず。

 例え歴戦の戦士だろうが、これだけの多重攻撃には対応出来ないだろう。しかも、次元刀は一撃必殺だ。受けようとすれば、槍ごと身体を切り裂けるだろう。

 

 あんまり老人をイジメないよう、寸止めでもしてあげようかな。

 俺は勝利を確信しながら次元刀を構えると、次元の狭間を開き飛び込んだ。


「うぉおおおおおおおお!」


 気合の声を上げながら空中から斬りかかった。

 しかし、そこに居るはずだったサッズが居ない。


「あれ? えっ?」


 誰も居ない空間を四つの火球が通りすぎて行く。

 俺は訳もわからず、次元刀を構えたまま空中から自由落下していた。


「なるほど、なるほど」


 右側からサッズの声がして思わずそちらを向くと、俺の足元に槍が迫るのが見えた。『まずいっ』と思い避けようとしたが、サッズは矛先を器用に操り、俺の身体を背中から落下する体勢へと誘導した。


 クソっ。

 ニコニコと余裕な顔をしやがって。

 一矢報いてやる!


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