転生したら、その手を掴む? 掴まない?

 俺は左手で火球を維持し、次元の狭間から三次元へと飛び出た。少し空中に出てしまい、バランスを崩しながらもなんとか地面に足を付けた。そして、薄暗い部屋の中ベッドを注視すると、二撃目の刃が枕に吸い込まれる瞬間だった。


 あれから一秒の経過ぐらいか。

 やるなら今だ。


 火球が明るくて心配したが、暗殺者は俺の居場所にまだ気づいていない。

 俺はおもいっきり左手を振りかぶると、火球を『バン』っと入り口の扉に叩きつけた。


「熱っ!」


 飛び散った火の粉が手に当たり、思わず日本語で声を出てしまった。慌てて暗殺者を見ると俺に気づいたのか獲物を前にした肉食獣のように、ゆらり、ゆらり、と歩み寄ってくる。


 ど、ど、ど、ど、ど、どうしよう!?!?!?!

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!?!?!

 よ、よ、よ、四次元に逃げるか?

 ど、ど、ど、ど、どうするう???


 い、いや…

 だ、だ、だ、大丈夫…なはず…

 でも、大丈夫、きっと大丈夫なはず。


 そんな心配は、事前の予想通り水泡に消えた。

 期待通りの声が部屋の外から聞こえ、扉が慌ただしく開く。


「殿下! 殿下! 何事ですか!」


 プレートアーマーを来た騎士が小走りで部屋に入り、周囲を警戒すると暗殺者に気づいた。


「何奴!」


 騎士が槍を構えて走り寄るが時既に遅し。暗殺者は既に逃走を図っていて、窓から外に飛び出すと、その姿は朝靄に消えていった。


「逃したか…」


 騎士は薄暗い庭園を睨み付けていたが、急に俺の安否が気になったのか、慌ててベッドの脇まで走り寄る。


「い、いない…」


 枕を上げてみたり、シーツをまくり上げたりするが、俺を発見できず顔を青くさせた。


「お、おい!」

「殿下!」


 声をかけると俺に気づき、よろよろと目の前まで来ると力なく膝をついて兜を脱いだ。

 二十歳くらいの美男子が潤んだ瞳で俺をじっと見つめている。


「アルバラート殿下…よくぞ…ご無事で…」


 感極まったのか、涙ぐみながら震える両手を差し出した。


 この差し出された手を、俺は掴むべきなのか…

 優しそうに微笑む青年の両手を、何も考えないで掴めれば、なんて楽なんだろう。


 でも、ダメだ。

 どんなに感傷的な顔をしていてもダメだ。


 一番最初に部屋へ入って来た人が、一番怪しいって結論を出しただろ。

 そいつが暗殺者を招き入れた可能性が一番高いって仮説を立てただろ。


「殿下…もう大丈夫です。…このクリフがお守りいたしますから、どうぞ…そんなに泣かないで下さい…」


 この赤ん坊の身体は、本当に嫌いだ。

 俺の理性とは無関係に、生理的に動いてしまう。


 さっきから涙が止まらなかったが、クリフが不意に俺を抱き締めると、ダムが決壊したように大泣きしてしまった。


「うぎゃぁああああああ…うぎゃあああああぁあ」

「大丈夫、大丈夫です、殿下…このクリフがいつまでもお側に居ますから…」


 クリフは俺が泣き止むまで、寄り添ってくれた。

 

▽▽▽


 ほどなくして侍女や衛兵達が集まり、部屋は騒然となった。

 クリフは集まった人々に囲まれると質問攻めを受けたが、『賊が押し入ったが、逃げていった。それ以上の事は分からない』とだけ答えていた。


 扉の焦げ跡や臭いで俺が火の魔法を使った事は分かっているはずなのに、敢えてその事は隠しているようだ。

 そのせいでクリフに対する疑念は深まったが、あの震える手が演技だとはどうしても思えない。

 暗殺されかけたせいで、疑り深くなっているのだろうか。

 そんな事を考え、ベッドで仰向けになって寝ていたら、クリフが話しかけてきた。


「殿下、賊の件で報告がありますので、これにて退出致します」

「くりふ…」

「殿下?」


 俺が真剣な目で見つめると、何事だろうと、クリフは小首を傾げた。


「くりふ、まもって!」

「え!?」


 クリフは目が見開くほど驚いたが、直ぐに平静を取り戻すと右手を胸に当てて俺の言葉に応えた。


「クリフ・カミュ、勅命を拝命致しました」


 誰にも聞こえないように小声でそう宣言すると、クリフは部屋を出ていった。


 結局、クリフの手を掴むんでしまった。

 俺の判断は正しかったのだろうか…


  

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る