転生したら、赤ん坊なのに暗殺されそうになった

 第二の人生を得て、早二年が過ぎた。


 今では立派に歩き回れるし、言葉もかなり喋れるようになった。トイレ問題もオマルを使っているので改善されたが、残念ながら拭く事だけは侍女に頼ってしまっている。

 赤ん坊の身体で感じていた不具合が段々と解消され、日々の成長を楽しめるくらいには心の余裕が生まれてきた。


 唯一不満があるとすれば、侍女達の読み聞かせだ。王族は神の末裔でミルド国は世界に類を見ない最高の国だ、という話を毎日のように聞かされる。

 最初の頃は興味深かったが、毎日同じ話が続くので今はうんざりしている。



▽▽▽


 ある日の早朝。


 部屋の外から鳥の鳴き声が聞こえ始め、日の出が近い事を教えてくれた。そろそろ起きて魔法の練習でもしようかと、眠い目を擦ったその時だった。


 黒装束の何者かが、寝ている俺の顔を見下ろしている。あまりに突然の事で声も出せず、目の前にある青白い二つの眼球をただ眺めた。すると、かすかに暗闇が揺れたと思った瞬間、俺の首に向けて黒い手が、ぬるりと伸びてきた。


「ヤバイ!」


 そう日本語で叫び、反射的に身体をひねって魔手から逃げようとするが、一足遅かった。

 首をがっちり掴まれて息が出来ない。


 ヤバイ

 ヤバイ

 ヤバイ

 ヤバイ

 ヤバイ


 手足をばたつかせて必死に抵抗するが、掴まれた手は一向に振り払えない。身体をひねったり、腕を殴ったりしてみても無駄な足掻き。酸欠の為か段々と思考も虚ろになってきた。


 俺、また死ぬのか?

 また何も出来ないまま死ぬのか?


 無慈悲な手は一切の容赦がなく、俺の首をギリギリと締め上げる。手足もしびれて、身体に力が入らなくなってきた。このままでは直ぐにでも意識が途絶えるだろう。


 ふと、前世の事を思い出した。

 走馬灯ってやつか?

 前世で無為に過ごした十七年の病院生活が頭をよぎる。


 どうせ死ぬんだからと何もせずダラダラと過ごしていた。自分の殻に閉じ籠って、医師や看護師の親切をぞんざいに扱った。宿題を持ってきてくれた先生に、一度だけ教科書を投げつけてしまった。親孝行なんて一度も出来なかった。


 そんなどうしようもない俺に両親は『生まれてきてくれて、ありがとう』と最後の言葉を贈ってくれた。その声が今も耳の奥で聞こえる。生前の両親の顔を思い出すると、少しだけ生きる力が沸いてくる。胸に熱い気持ちが宿ってくる。


 いっ、イヤだ。

 今度は精一杯生きると決めたんだ。

 こんなん所で死んでたまるか!


 俺は黒い霧を手にまとい、次元の狭間を開く。


『いけぇぇええええええええ!』


 そう心で絶叫すると、黒い霧から次元に溜め込んだ火球が飛び出した。ライター程度の炎や拳くらいにの大きさの炎。大小様々な火球が『ポン、ポン、ポン、ポン…』と小気味良い音を立てて連続で発射した。

 暗殺者は不意の攻撃に対処できなかったのか、数発の火球が顔面に直撃。そして、思わずのけ反ると、がっちり掴んでいた手が首からは離れた。


「ぷはぁああああああああああああああ…」


 顎が外れるくらいの大口を開けて呼吸をする。新鮮な空気が一気に肺に入り、全身に活力が戻った。


「はぁ…はぁ…どう…なった?」


 呼吸を整えながら辺りを見回すと、危機が過ぎ去っていない事に気づき背筋に冷たい汗が流れる。

 暗殺者の袖口から鈍い光を放つ短刀が現れると、俺に向けて一直線に振り下ろされた。迫り来る刃に身体が動かない。だが、諦める事だけは絶対にしたくなかった。


 俺は『うぉおお』と威嚇するように声を上げ、なんとか首だけを動かす。すると、先ほど頭があった位置に『ストン』と刃先が吸い込まれた。間一髪で命を拾う。


 マジか

 マジか

 マジか

 マジか


 ヤバイ

 ヤバイ

 ヤバイ

 ヤバイ


 避けられた事に気づいた暗殺者は失敗を気にする事もなく、再び腕を上げると俺の眉間めがけて短刀を振り下ろした。


 くそっ。

 サイコパスかよ!

 もう、やるしかない!


 第二の刃が眼前に迫る。俺は慌てて右手に魔力を流すと、次元魔法を自分のお腹に叩きつけた。すると、黒い霧が渦を巻き『しゅるるる』と音をたてながら身体を吸い込んでいった。


▽▽▽


 月光の下にいるような、薄暗い場所に俺はいた。辺りを見回すと際限なく空間が広がっている。気温は暖かくもなく、寒くもない。


「とりあえず生きている…よな…」


 舐め回すようにして身体に触れてみるが、これといった外傷はない。強いて言えば、首回りに違和感があるくらいだ。


 百万分の一で時を流している四次元空間でも、どうやら生物は生きられるようだ。

 本来ならネズミを捕まえて検証しようと思っていたのに、まさか自分の身体で人体実験をするはめになるとは。


「助かった…のか…」


 安心すると途端に力が抜けて、膝から崩れ落ちるように座ってしまった。

 しばらく漠然としながら前方を見ていたが、先ほどの光景が目に焼き付いてしまい、

自然と死闘を思い出してしまった。


「暗殺者、凄かったな…」


 絞殺が失敗しても、瞬時に方針を変更して切り殺そうとする判断力。一撃を避けても、間髪入れずに二撃目を入れようとする冷静さ。きっと精鋭の暗殺者なんだろうな。


「はぁ…普通、火の玉を喰らったら心折れるだろ…」


 あの程度の攻撃魔法なんて、暗殺者にしてみればノーダメージ。あれだけ練習して溜め込んだ火球魔法なのに結構ショックだ。

 だけど、例え役に立たなかったとしても、赤ん坊の俺には対抗する手段なんて今は魔法しかない。なんとか切り抜ける方法を考えないと。


「うーん。だが…しかし…何にも思いつかない…」


 どうしよ。

 なんかさ。

 詰んでない?


 三次元に帰ったらその瞬間、頭に刃物が『プスリ』の可能性が高い。もっと最悪なのが、既に頭の位置にナイフがあって、そこに転移するからゾンビ映画みたいに頭から刃物を生やした感じになるんじゃないかな。その場合は即死だな。


「はぁ…困った…」


 そもそも、元の場所に帰るからダメなんだよ。

 死亡フラグがバキバキ立つんだよ。


 せめて部屋の隅にでも転移できれば、色々と可能性が広がるのに。部屋中を転移しまくって、暗殺者から逃げ回れる。誰かが助けに来るまで、時間が稼げるのにな。


「試してみるか…」


 部屋の隅をイメージしながら次元の扉を開くと、黒い霧が空中に現れる。そこへ慎重に手を伸ばすと、人差し指だけが吸い込まれた。


「これは!」


 人差し指の先で、繊維質の何かに触れる。この少し硬い感じ、これは間違いなく部屋に敷き詰めている絨毯だ。そう確信すると、急いで手を引っ込めた。


「よし!」


 これで即死亡のフラグは折ってやった。ただ、もう一手ないと助からない。魔法だって無限に発現するはずがないんだから。確実に暗殺者から逃れる方法を考えなければ。


 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸して思考を巡らす。そして開眼すると『やってやる…』と呟いて、左手に火球を作り右手で次元の狭間を開いたのだった。



 

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