転生したら、魔法について考えた

 侍女の火球魔法を見たあの日から、俺は時間を忘れて魔法を練習した。その成果もあり、一通りの魔法、『火、水、土、風』が発現したが、火はライター程度だし、水はお湿り程度だった。最初こそ感動したが、どうしても前世の機械文明と比べてしまい、最近はなんだか魔法がショボく思えてきた。


 うーん。

 行き詰まった。


 俺は朝焼けを肌で感じながら、誰もいない部屋で一人、ぼんやりしていた。


 この世界の魔法ってこんな物なのかな。

 少し夢を見過ぎたのかも。

 いや、きっと俺が知らないだけで、実際はもっと有用なのかもしれない。

 ただ、独学で学ぶだけでは、限界があるよな。


「しかし、魔法なんてトイレの助けにもならないな…」


 日本語で愚痴を言うと、遠くの棚の上にある木製のオマルを眺めた。

 一刻も早くオマルを使いたいのに、侍女達が甘やかすから、未だに屈辱のおむつ生活を送っている。


「オマルを瞬間移動させる魔法でもあれば…」


 無駄だと思いながらも、手に魔力を込めて勢い良く振り下ろす。すると、俺の予想に反して黒い霧のような何かが腕にまとわりついた。


「うわっ! なんか出た!」


 慌てて手を引っ込め、水滴を払うように必死に動かしていると、手を包んでいた黒い霧が霧散した。

 ビックリし過ぎて心臓がバクバク鳴っている。

 

「な、なんだったんだ?」


 異世界に居るとうい事も忘れ、日本語を連発するぐらい動揺していた。しかし、こんな焦っている姿を侍女に見られたらまずいと思い、何度か深呼吸を繰り返して無理やり心を落ち着かせる。

 しばらくして平静を保てるようになると、先程の魔法を思い出して歓喜の感情が湧いてきた。


 これってさ。

 アレじゃない?

 アレだよ、アレ。


「黒魔法!」


 嬉しさのあまり、立ち上がって大声を上げてしまった。


 いや、これってさ。

 異世界チート来た?

 うんこ垂れだった俺の冒険譚がやっと始まった?


 俺は浮かれながら、手をかざすと黒い霧を出した。


「我、暗黒を統べる者成。この世の全てを闇へと還そう! ひれ伏せ、ゴミクズ共が!」


 最高のドヤ顔をすると同時に、黒い霧が消滅した。


 うん。

 えーと。

 俺的には凄い満足なんだけど…

 

 なんだろ。

 見た目だけというか…

 胡散臭いマジック?


「なんなんだ。この魔法…」


 そうつぶやいて、黒い霧をまとった手を眺めると、なんとなしに枕を叩いた。


「うわっ!?」


 いつもみたいに『パフっ』っと小気味良い音がして枕がへこむかと思っていたが、『しゅるるるー』という、まるでパソコンのゴミ箱を整理した時のような音と共に黒い霧が渦を巻き、枕が中心へと消えていった。


「な、なんだ!?」


 洗濯機に吸い込まれたハンカチみたいだった。

 なんだよ、コレ!?


 黒霧が消滅し、枕が消えたベッドを呆然と眺めていたが、唐突に不安がよぎる。


「どうしよう…」


 枕が消えた事が発覚したら、不審者の侵入を警戒して監視体制が増えてしまうかもしれない。そうなると、早朝に行っている魔法訓練が出来なくなってしまう。折角、魔法が使えるようになったのに『お預け』なんてされたら困る。我慢出来ないよ。


「なんとかしないと…」


 一度吸い込まれた物だし、きっと出てくるはず。


「よし、やってみよう」


 俺は右手で黒霧を出した。


「暗黒の主たる我が声に応え、顕現せよ、マクーラ!」


 俺の呼び声に合わせ、黒霧から枕が『どーん』と飛び出るはずもなく、黒い揺らめきは霧散した。


「ですよね…そりゃそうだ…やっぱり直接掴まないとダメなパターンだよな…」


 俺はファンタジー世界に抱いていた幻想を捨て、ため息を吐きながら黒い霧を円形状に出した。

 丁度手が突っ込めるくらいの円になった黒霧が、目の前に浮いている。

 

「頼むよ、神様…」

 

 祈りながら手を突っ込む。

 クモの巣に触れた『モワァッ』とした嫌な感じがしたが、黒霧の中にある空間で手をバタバタさせていると、枕らしき布地に触れた。

 どうやら枕の端に当たったようだ。

 俺は急いで枕を掴むと、全力で手を引き抜く。


『しゅるるるー』


 軽快な音がして、先程とは逆回転の渦が巻き起こり枕が現れた。


 キタ!

 とうとうキタ!

 異世界チートの代名詞キタ!


 俺は立ち上がって叫んだ。


「我、古の魔導を得たり! 暗黒の力で覇道を進む者也!」


 俺の日本語が、薄暗い部屋に消え、静寂が訪れた。


 うん。

 むなしい。


 『パフっ』とベッドに座り胡座を組んだ。


 所詮はアイテムボックスだし。

 下手したらこの世界の誰もが使ってそう。

 商売人なら有効活用して、そこそこの財を作れるだろうが、俺、王家の五男だし。商売なんて平民のする事だと怒られるのが目に見えている。

 

「ぷぅー」


 長いため息を吐くと、段々と冷静になる。


「アイテムボックスって、そもそも何?」


 弱い頭をふる回転させて考えてみた。


 アイテムボックスの魔法ってライトノベルやゲームでは、定番中の定番だよな。様々な作品に登場し『膨大な空間に収納ができる』、『生き物は入らない』、『食べ物は腐らない』などのルールがある。


 食べ物が腐らないって事だけを考えると、アイテムボックスって言うよりまるで別次元にある冷蔵庫だよな。

 冷蔵庫なら手を入れれば、ひんやりと気持ち良いのに、アイテムボックスって温い何かがまとわりつく感じが気持ち悪いんだよね。


「うん?! 別次元?」


 そうか、次元が違うのか!?

 とんでも科学だけど、アイテムボックスが四次元空間だと仮定すれば色々と説明できる。


『膨大な空間がある』というのも、三次元とは質量が違うと考えれば納得出来る。東京タワーくらいの物体が、四次元空間では携帯電話くらいの体積に縮まる。そうすると段ボールくらいの四次元空間には、『膨大な空間がある』と言える。


 『生き物は入らない』という事も、四次元は時間が停止している空間だと考えると、説明できる。時間が停止した空間に生き物を入れてしまえば、心臓が停止してしまうだろう。あるいは、次元の移動に身体が耐えられず、クラッシュされたスプラッター物体へと変化するのだろう。

 だから、『生き物は入らない』とされているのか。

正しくは『生き物が入らない』ではなく、『生き物を入れると壊れてしまう』と言える。そして、『食べ物が腐らない』という事も時間の停止で説明ができるな。

 

 だが、しかし。

 なーんか、しっくりこない。

 四次元って時間の停止した世界なのか?


 生前に流し読みした怪しい雑誌によると、四次元って時間の概念が三次元とは違う世界じゃなかったっけ。

 時間が早くなったり、遅くなったり。


 相対性理論でも言ってるが、時間の逆行だけは無いだろうけど。あったとしても、膨大なエネルギー、魔素を消費してしまい、この世界ごと『ボン!』して終わるのかも。そう考えるとアイテムボックスの魔法って怖っ。


 うーん。


 ひょっとしたら、アイテムボックスの魔法って『食材が腐らなければ良いや』って感じで、無意識で時間を停止させた四次元空間なのかも。実際は時間の流れを指定できるのに。


 色々考えると、アイテムボックスとは次元魔法なのかもと思えてきた。

 なんとか仮説を立証できないかな。


 『膨大な空間』については、魔法の練習で生まれる火球の処理に困っていたから、満杯になるまで入れてみよう。

 仮説が正しければ、満たされる事なく永遠に入れられるはず。

 だが、発火したガソリンを倉庫に詰め込むみたいで、ちょっと危険な感じがする。

 歩けるようになったらどこかの山にでも捨てに行こう。


 あとは時間経過の立証か。

 長細い布をコップの水に少し浸せば、徐々に濡れてきて時間経過が分かるけど、コップや布が紛失したら侍女達が騒ぐだろうし。他に手に入れられそうなのは食べ物くらいだけど、まだ母乳だしな。


「となると…こいつで立証するしかないのか…」


 俺は意を決した。


 赤い腰巻きを勢い良く脱ぐと、布製のオムツをゆっくりとほどく。マイサンがポロンと出て、下半身が丸出しとなった。白い布の上には、生まれたての危険ブツが姿を現している。


「やるしかない…」


 ビニール手袋を真似た黒い霧を右手にまとい、湯気が立っている危険ブツを掴んだ。


「く、臭ちゃい…」


 立ち上がる悪臭を物ともせず、五倍速をイメージした次元の狭間に危険ブツを投げ入れた。それは、まるで勇者の如き行為。何者にも屈しない心が、その時、俺の胸には宿っていた。


「はぁ…はぁ…」


 黒霧が消えると、これまでの一年、異世界の事、魔法の事を考えていた。


「永かった…」


 俺の意思とは無関係に危険ブツが尻から出る日々。絶世の美女達が『素晴らしい!』、『この色と形の美しさ!』、『ご立派です、殿下!』などと毎日、称賛の嵐を浴びせかけた。


 この一年の屈辱。

 魔法を研鑽し、異次元魔法まで使えるようになった。

 全てはこの瞬間の為。


 今、念願叶う時。

 とうとう、ブツを処理してやった。

 万感の思いだ。

 

「だが、しかし…お尻が拭けない…手が届かない…」


 漏らしてしまった時、特有の冷たさを下半身に感じた。


 クソっ。

 結局は元の木阿弥か!

 手さえ届けば次元の彼方にブツを葬れると言うのに!


「オギャアああああ! オギャアああああああー」


 不快感から沸き起こる、生理的な泣き声が上がった。そして、それを聞きつけた侍女の声が部屋の外から聞こえる。


「まあまあ、殿下、お呼びですか? 今、参りますね」


 ああ、この日も変わらない。

 革命は起きなかった。

 『あら。今朝は量が少ないかしら?』などと言われながら、侍女のお世話になってしまったのだった。


▽▽▽


 アイテムボックス改め、次元魔法の検証結果は予想通りだった。例の危険ブツを数日経って取り出すと、ウエットなブツから乾燥したブツへと変化し、時間の経過を確認できた。

 ちなみに乾燥したブツは、侍女に見つかり大騒ぎされて困るので、今も次元部屋に安置されている。火球魔法も溜まり続けているので、次元部屋は決して開いてはいけないパンドラの箱と化している。正に異世界だ。

 早くこの危険ブツ達を誰もいない森とかで処理できるように、頑張って歩行訓練を続けようと心に決めたのだった。

 

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