転生したら、魔法に出会った

 生まれてから一年くらいが過ぎただろうか。

 俺はようやくハイハイを卒業し、数歩の自立歩行に成功した。今ではそれに加え、なんと念願だった発声が出来る。


「あるばりゃ!」


 仁王立ちした俺は、声高らかに我が名を叫ぶ。

 その勇姿が素晴らしかったのか、見守っていた侍女達が拍手喝采を贈ってくれた。


 誉められると、なんだか自信がみなぎる。

 段々と調子に乗ってきちゃったぞ。


 俺は全力のドヤ顔で彼女達の笑顔に応えようとした。しかし、その瞬間、下半身に異変を感じた。


「あばぁ!」


 変な声と同時に膝がへにゃりと曲がり、身体が「へ」の字になる。そして、ジェットコースターが急落下した時のような浮遊を感じながら、顔面が一直線に枕へと吸い込まれた。


「うぅぅ…」

「まあ! アルバラート殿下!」


 秀麗な侍女が駆け寄ると、うつ伏せになった身体を仰向けへと変えてくれた。


「アルバラート殿下、なんてご立派な倒れ具合なんでしょう!」

「なんと素晴らしいかしら。本日は昨日より長く、お立ちになられていましたよ」

「先程のお立ち姿の雄々しさたるや、まるで古の神々のようですわ」


 たいして立っていられなかったのに、侍女達が口々に褒め称えてくれる。


 うーん。

 うん。


 日進月歩だよ。

 身体は日々進化している。


 しかし、侍女からの精神攻撃は思ったよりキツいな。

 異世界言葉を理解してからは更に悪化した。

 俺の謙虚な心を徐々に削ってくる。

 子育てを良く知っている、お母様の差し金なのだろうか?


 何をやっても美人の侍女達が誉めちぎってくれる環境は、本当にヤバい。

 こんなに誉められたら『俺、スゲー! 俺、無双!』ってなっちゃうし。

 王家の五男坊が尊大な性格のまま成長したら、必ず誰かに足元をすくわれるだろう。そんな事は分かりきってるのに、美人に誉められると、どうしても浮かれてしまう。


 だからと言って、この精神攻撃を防ぐことは難しい。

 だって、王子を誉めてるだけだからな。

 『誉める』と『甘やかす』の違いなんて説明しても無駄だろうし。

 これが帝王学だと言われたら、反論できない。


「ぷぅ~」


 赤ん坊のくせに溜め息っぽい息が出た。


 こんな赤ん坊を堕落させようと画策する奴って誰よ?

 相当な悪人が裏に居るよな。確実に。


「ぷぅ~」

「まあ、アルバラート殿下。先ほどから、なんて、おかわいいんでしょう!」

「本当ですわ!」

「ほっぺが膨れても、ご尊顔は一辺も損なわれませんわ!」


 あー。うん。

 よし。分かった。


 対策をあれこれと考えた結果、一日一回、魔法の呪詛を唱える事にした。


『俺は、うんこ垂れ、うんこ垂れ、うんこ垂れ、うんこ垂れ、うんこ垂れ、うんこ垂れ……』


 この頃の俺はこうして心のバランスと自我を保っていた。


▽▽▽

 

 数日後。


 ベッドの上でうたた寝をしてると、侍女達の話し声で目を覚ましてしまった。


「あら、陛下の腰布が湿っているかしら!」

「下女どもが手を抜いたのかしら?」

「まったく。これだから平民は嫌なのよ」


 俺がいつもオムツの上に着ている、腹巻きっぽい赤い腰布を囲んで、侍女達がお怒りだ。

 下女の不手際に文句を言いながら、腰布を掴んでパタパタと扇いでみたり、パンパン叩いてみたりと、なんとか乾かそうとしている。

 しかし、試行錯誤しても成果は出なかったのか、一人の侍女が驚きの言葉を発した。


「魔法で乾かしたらダメかしら?」


 え!?

 マジか!?

 やっぱり!?

 あるんだ、魔法!?


 侍女達のどうでも良い愚痴のせいで、再び眠くなっていた頭が一気に冴えた。

 そして、彼女達の行動を微塵も見逃すまいと、横目で睨み、全力で聞き耳を立てる。


「あら、お忘れかしら? 王城は魔素が散らされ、魔法が使えないかしら」

「あら、知らないのかしら? ビィクトリア王妃のご意向で、後宮だけは使えるかしら」

「え!? 初めて知りましたわ」

「少し考えれば分かるかしら。ビィクトリア王妃から魔法を遠ざけるなんて、鳥に飛ぶなと命じるが如しかしら」

「それもそうかしら」


 うん?

 母親の新情報が出たけど、いまいち良く分からんな。

 いや、今は考察よりも魔法だよ。

 わくわくしながら侍女達を注視する。

 

 一人の侍女が両手をかざし、『それでは私が…』と言うと、目を閉じて何やら集中しだした。

 いよいよ魔法のお目見えかと凝視していたが、しばらくは特に何も起きなかった。

 しかし、突然『ボフッ!』というコンロに火を付けたよな音がすると、侍女の手のひらの上に拳大の火球が現れた。


 炎をゆらゆらさせた火球が、安定して浮いている。

 侍女達はこの超常現象に特に驚く事はなく、火球を使って腰布を炙りだした。

 そして、しばらく交代で炙っていると腰布が乾いたのか、『もう良いかしら』の声に合わせて、火球が『ボフッ』と消えた。


 凄い!

 心がうち震えた。

 感動して鳥肌が立った。


 どんな原理かは分からないが、確かに魔法だ。

 これぞ異世界だよ!

 この力があれば…


「うんこ垂れを卒業できる!」


 思わず出てしまった日本語に、侍女達が『何だこの子?』みたいな顔を向けていた。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る