転生したら、色々と大変だった

 さて、皆さんが転生したとしたら、『あっ、ラッキ~! よっ、ラッキ~!』と浮かれ果て、喜びを身体全体で表現しながらアホになって舞うだろう。

 或いは、周りの大人達に赤ん坊にしては無口だと言われながらも、『オレ…伝説の始まり…』とニンマリとほくそ笑むだろう。

 しかし、現実とは無情なものだった。


「おぎゃぁああ!!!」


 俺の『やめてくれ~!』という全力の声は、赤ん坊の泣き声となって響き渡る。


「まあ、流石は殿下。今日のは特別に、ご立派な色と形です。健やかにお育ちですね~」


 年の頃は、十七、十八のお嬢さんだろうか。

 前世の俺と同い年くらいだ。

 愛くるしい顔で俺の顔を眺めると、汚れたお尻を丁寧に拭いてくれる。


 うぅぅ。

 恥ずかしい。

 恥ずかしくて泣きそうなのに、この赤ん坊の口からは『ひゃはぁ! ひゃはぁ!』と相反する声が出る。


「殿下、キレイキレイになりましたよ。こんなに喜んで頂きまして、この上ない誉れにございます~」


 うら若き乙女がマイサンを摘まみ上げると、慣れた手つきで下半身に布オムツを巻いてくれる。


「おふぁぁあ」


 クソっ。

 恥ずかしいのに変な声が出てしまう。

 なんだよ、この体は。


 すべてが終わり下半身がスッキリすると、お姉さんは『それでは失礼致します』とうやうやしく頭を下げて部屋から出て行った。


 ここ数日、こんな調子だ。

 お漏らしをする度、美人のお姉さんにオムツを替えてもらっている。

 しかも、ある時はお尻を拭いて貰っている最中だというのに、どうしても我慢出来なくて、お姉さんの見目麗しいお顔にオシッコを発射してしまった。


 もう、申し訳ないやら、情けないやら。

 あの時は心の底から泣いてしまった。


 俺、精神年齢十七歳。

 思春期真っ只中。

 この羞恥プレイはいったいいつまで続くんだ?


▽▽▽


 美人のお姉さん達が俺の自尊心を打ち砕き、羞恥に耐える三ヶ月が過ぎた。

 やっと首が座り、異世界語も少しは分かるようになった。


 よし。

 これで情報収集ができる。

 この世界の事を知るために、お姉さん達の会話に全神経を集中した。


 彼女達の会話は、大半がどうでも良い雑談だったが、俺にとっては有益な情報も多く少しは状況が分かってきた。

 整理すると、どうやらここは王城にある後宮で、俺は五番目の王子らしい。

 初めて目が合った瞬間に舌打ちをした女性が王妃のビィクトリア。残念ながら俺の母親だ。

 そして、父親は王様のクラウド。産まれて数ヶ月経つというのに、未だに一度も会った事がないが。


 両親の事をあれこれ考えると、母親の舌打ちを思い出してしまい気持ちが沈む。

 なんだか先行きが不安だ。


▽▽▽


 それから数日。


 外から吹き込む優しい風を頬に感じながら、うつらうつらと寝ていると、部屋の外から複数人の声が聞こえた。

 物々しい雰囲気だ。

 危機感を覚え扉を注視していると、俺の身の回りの世話をしてもらっている全ての侍女、十数人が一斉に入ってきて扉を前に整列した。


 一糸乱れぬ動きだ。

 それから、侍女達は頭を下げると微動だにしない。

 いったい何が始まるんだ?


「クラウド王の御光来!」


 扉の向こうで老齢の侍女長の声が高々と響き、扉がゆっくりと開き出した。


 ごこうらい?

 ナニそれ!?


 唖然としながら侍女達の並ぶ先を見ていると、赤マントに身を包み、宝石が散りばめられた王冠を頭に載せた老人が現れた。


 あの人が父親か…

 どう見ても七十歳代だよな…


 厳粛な顔をしたクラウド王だったが、歩く姿は杖をつき、足取りも覚束(おぼつか)ない。

 その一歩後ろに控える王妃のビィクトリアは、一切の感情が抜けたような無表情で追従(ついじゅう)している。

 二人の間にはピリピリとした空気が漂っていた。


 えっと、この人達って夫婦だよね?

 冷えきってる?


 不思議な顔で夫婦を眺めている俺に向けて、クラウド王は歩みを進める。そして、ベッドにたどり着くとギョロりと目を見開き、俺の顔を覗きながら大声を出した。


「ミルド国、国王のクラウドが命じる! 第五子をアルバラートとする!」


 クラウド王はそれだけ言うと、反転して部屋の外に向かった。

 その様子を静かに眺めていたビィクトリア王妃は、眉間にシワを寄せ俺を睨み付けると、王の背中を追った。


 二人が部屋を出ると同時に扉が閉まり、少しの静寂の後、侍女達が一斉に騒ぎ出す。


「ああ…アルバラート…なんて素敵なお名前かしら」

「五代目のミルド国堅王、アルディージャ様に由来するのかしら?」

「ああ…いと尊き名…アルバラート殿下、アルバラート殿下…」


 えーと。

 うん。

 あれだ。


 両親と侍女達とのギャップ凄いな。

 何でこんなに侍女達が喜んでくれるのかは謎だけど、そんな事より問題は両親だ。

 懸念が現実となってしまった。


 『要らない子』確定だ。


 父親だけが最後の希望だったのに、俺を一瞥し、事務的に名前を告げただけだ。両手を挙げて喜んではくれなかった。


 王と王妃に疎まれた王子か…

 この中世のような異世界。下手をすると、両親に殺される可能性だってあるよな。 

 

 うん。

 ハードモードだ。


 でも、良いか。

 前世よりはマシだ。

 身体は丈夫、健康なら良い。


 どうせ二度目の人生。

 両親に嫌われようが、思う通りに生きよう。


 『精一杯生きよう!』


 俺は心に誓った。

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