幼児編

転生したら、王子だった

 とある地方都市、とある病室。

 俺は今、死を直前にしていた。


 生まれてから十七年。病院の外へは一度として出られなかった。

 無菌室でインターネットの海に溺れるだけの人生だ。なんて意味の無い人生だったのだろう。


「父さん、母さん、ごめんなさい…」


 そうつぶやいて、ぼんやりと両親を眺める。

 泣きじゃくる母親の肩に父親がそっと手を添える。

 母親が精一杯の作り笑顔を浮かべると震える声を絞り出した。


「生まれて来てくれて…ありがとう…」


 両親が泣きながら、穏やかな顔で俺を看取ってくれた。

 それが俺の最後の記憶だ。


▽▽▽


 って、うん?

 あれ?

 なんか意識あるぞ?

 何処だココ?


 真っ暗な生ぬるいプールの中みたいだ。

 水の中に居るはずなのに、不思議と苦しくない。


「でも、俺、死んだよな?」


 思わず声を出したが上手くしゃべれない。

 それに、身動きも取れない。


「まさか、地獄?」


 うん。

 そうだよな。


 生前に善行を積んだかと聞かれれば、答えは『NO!』だ。

 ネット三昧だったし、看護師さんの目を盗んでエッチなサイトにもお世話になった。イケメンの研修医に嫉妬し、心の中で『イケメン爆ぜよ!』と呪詛を唱え続けた。


 でも、だからってその程度で地獄は無いよ。

 生涯病院暮らしだった俺に地獄って、どんだけ意地悪い世界だよ。


 辺りを探っても、やはり暗闇の中。たった一人だ。

 急に怖くなった。


 前後左右に頭を動かし、必死にもがいてみる。

 すると、前方からかすかな光と温かさを感じた。


 とにかく進もう。


 平泳ぎの要領で両手を使い前へと泳ぐが、生ぬるい液体が指に絡み付いて気持ちが悪い。ゼリーに指を突っ込んでる感じだ。

 それでも全身を使って少しずつ前へと進むと、出口に到達したのか、急に目が眩むほどの光が射し込んだ。


 俺はやっと謎の液体から脱出できた。

 光で満ちた世界が広がる。

 そして、何より呼吸が出来る。


「おぎゃぁああ~おんぎゃぁああああ~」


 必死に呼吸を繰り返している俺の耳元で、赤ん坊が爆音で泣いている。


 うるさいな。

 こっちは地獄から生還したっていうのに。


 重い瞼をなんとか開いて辺りを見回すと、金髪碧眼の中年女性が汗だくでベッドに寝ている。

 肩で息をしながら、じっと俺を見つめている姿は妖艶と言って良いだろう。


 でも、なんだろう。

 ちょっと視線が冷たい気がする。

 疲れているから?


 金髪の女性と見つめ合っていると、通販で売っていそうな侍女服を着た初老の女性が、柔らかい毛布で俺の身体を包んだ。

 そして、俺の身体を眺めたり触ったりした後、慎重に体を持ち上げる。


「クラウド王の第五子、心身ともに健やか! 見事な殿下でございます!」


 俺を掲げた女性の声に続き、周りに居た女性たちが騒ぎ出す。


「うわぁ! 素敵ぃ!」

「ビィクトリア王妃万歳! 殿下万歳!」

「うぅぅ…かくも目出度き日…生涯忘れらるる…」


 女性達の話す言葉は、いまいち分からなかったが、皆が盛大に喜んでいる。

 俺もなんだか嬉しくなってきた。


「おんぎゃぁああああ~」


 赤ん坊の声は相変わらずうるさかったが、何処を見ても暖かい気持ちが溢れている。

 この雰囲気の中では、先ほど疲れきっていた金髪の女性も、きっと笑顔を浮かべているだろう。

 そう思って正面を向いた。


「チッ…」


 俺と目が合うと、金髪碧眼の女性は舌打ちをし、ゆっくりと目を閉じて身体を横へ向けた。


 えっ!?

 何で!?


 困惑する俺を他所(よそ)に、多くの侍女達が、未だに歓喜の声を上げている。

 しかし、ただ一人。老年の侍女長は憂いの表情で王妃を眺めていた。

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