第36話 謎のウェーターと高級料理
フレンチレストラン、『ムーンプリンセス』に入った俺と早見ちゃんは広いホールの真ん中でポツリと二人掛けの席で向かい合って座っていた。
理由は早見ちゃんがこのレストランを貸切にしてしまったからだ。
そんな慣れない状況に戸惑いながら、二人でメニューを選んでいる。
何なんだこの見た事がない料理の名前と値段は。
さつま芋のムースとコンソメジュレのせ?帆立貝のパートフィロー包み?一体それらはどんな見た目でどんな味をしてるんだよ。
それに問題はこの値段だ。
どれもこれも5千円6千円は当たり前って感じで、庶民が来れるのは一生に一度と言ったところだろう。
「早見ちゃん、俺にはよく分からんからそっちで適当に選んでくれ」
「そうですか?では……このシェフのスペシャルエクセレントギャラクシーコースにしますね」
「ああ、それで大丈夫だ」
ほとんど早見ちゃんが何を言ってるのか聞き取れなかった。
ちょっとは大人の嗜みとして、英語やフランス語の勉強もしておこう。
そんな事を考えているうちに、早見ちゃんが女性ウェーターをサッと呼び流れるようにメニューを伝え準備していたであろうチップを渡す。
その姿はまるでどこかの企業の社長そのものだった。
「結構慣れてるんだな」
「まあそうですね。こう言う店はよく来ますから」
「へ……へえ」
「ワインも適当に頼んじゃいましたけど、先輩飲めますよね?」
「そ……そうだな。人並みには飲めると思う」
会話が終わると、早見ちゃんはお手洗いに行くといい席を立った。
一人取り残された俺は、客のいないホールをゆっくりと見渡す。
すると、一人の男性ウェーターが俺の事をジーッと睨むように見てきていた事に気づいた。
「あのう、俺に何か用ですか?」
「失礼ですが、あなたは月姫様とお付き合いをされているのでしょうか?」
突然の男性ウェーターからの質問に俺は戸惑った。
どうしてこのウェーターが俺たちの関係を気にするんだ。
そもそもこのウェーターと早見ちゃんは顔見知りなのか?いやいや、考えなくても答えは既に出ているだろう。
だってあの謎のウェーター……、早見ちゃんの事を下の名前で呼んでいたじゃないか!
それが何よりも親しい関係だと言う証なのではないだろうか。
「さあどうでしょう。俺たちの関係をあなたに言う必要ありますかね?」
「ないですね。まあ別に聞く必要もなかったです。あなたと月姫様では住む世界が違いますし、格も違う。なのであなたと月姫様が付き合う事など、宝くじで一等が当たるよりもあり得ない事でしょうね」
小憎たらしい若者ウェーターが、自分の方が早見ちゃんに相応しいと言わんばかりの表情で俺に毒を吐いてくる。
一体何なんだこのクソガキ。
お前みたいな顔だけしか良いところがなさそうな奴に、この俺が負けるわけねえだろうが。
顔だけは今時の塩顔イケメンな感じで認めてやらん事もない。
髪型も爽やかなセンター分けで茶髪が良く似合ってる感じもする。
だがな若者よ、俺にはお前と違って歴がある。
いろんな経験をし、いろんな人と出会って培われたこの人としての魅力。
これこそがお前と俺の勝敗を分ける大きな差だ。
「まあ何とでも言えばいいさ。君が誰かは知らないが君と俺ではすでに立っているステージが違う。この言葉の意味をしっかりと理解してからまた俺に話しかけなさいなハハハ」
俺は年下相手にムキになり、煽るだけ煽って何の意味もない発言を若者ウェーターにぶつけて水を一杯飲んだ。
そのタイミングを見計らったように早見ちゃんがお手洗いから帰ってきて、自分の席へと座る。
「あれ、先輩何かありました?」
「い……いや、別に何もないが」
「あ、そうですか。なんかすごい汗かいてるので何かあったのかなぁって、私の気のせいでしたね」
「ああこれね。水被りたかったから、この水を頭から被ったんだよ」
空っぽになったグラスを早見ちゃんに見せつける。
さっきの動揺がまだ続いていたのか、自分でも意味不明な発言を制御することが出来なかった。
何だよ水を被りたかったって。
俺絶対変な奴認定されたよな……。
「アハハハハ何ですかそれ、先輩ウケますね!まだまだ親父ギャグとは呼ばれないと思いますよ」
「……ハハハハ。そうだろうそうだろう」
なんか知らんがめっちゃ笑ってくれてる。
俺って意外とお笑いのセンスがあったりするのかな?
ちょっとお笑いグランプリにでも出てみようかしら……芸名は社畜童貞的な?
「お待たせいたしました。こちらが本日一押しのワイン、シャトー・マルゴー08年物となります」
さっきの生意気なウェーターと違い、とても丁寧な口調で接客をしてくれる俺と同年代くらいの男性ウェーター。
かなり高そうなワインを持って、俺と早見ちゃんにそのワインを注いでくれた。
「先輩、今日はありがとうございました。好きなだけ食べて飲んでください♪」
「俺は先輩として、当然の事をしたまでだ」
ちょっとカッコをつけてみた。
こんな時じゃないと渋い大人な俺は見せられないもんな。
俺たちはワインで乾杯し、次々と出される高級料理を食べすすめた。
早見ちゃんとも楽しくいろんな会話が出来て、なかなかに好印象を与えれたのではないだろうか。
しかし俺の中で心愛の事がずっと引っかかっていた。
せっかくの早見ちゃんとの食事だと言うのに、ずっと気持ちがソワソワしている。
そして遂にはポケットにしまっていたスマホを取り出して、電源を入れてしまった。
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