第35話 結論
時刻は16時30分。
就業時間まで残り30分と迫っている。
しかし、未だ何も解決策は思い付いていない。
どうすればいい。
どうすれば、早見ちゃんも心愛も傷つけずに全てが丸く収まるんだ。
心愛との約束は当然守りたい。
だが、早見ちゃんとの食事にも絶対行きたい。
……よし、早見ちゃんに食事の日をずらしてもらおうじゃないか。
いやいや、冷静に考えてそれは無理だな。
彼女の性格上、他の予定が自分の予定より重要だと伝えた瞬間機嫌を損ねて今後一生食事には行ってくれないだろう。
ならば心愛に予定を変更してもらうしかなさそうか。
でもなぁ、昨日の件もあるし約束までしちゃったもんなぁ。
会社のデスクで一人もがき苦しんでいる俺の姿を見た他の社員達は、スーッと俺から距離をとった。
「ちょっと悟、何さっきから変に体を動かしてんのさ」
「ほっといてくれ」
「機嫌最悪だね。なんかあった?」
今日も爽やかにお節介を焼いてくる翔。
普通の人間ならわざわざ面倒事には関わりたくない筈なのに、この男は裏表のないただの親切心で俺を助けようと必死になってくれる。
ほんと、お前がいい奴過ぎて俺は時々無性に自分が小さく感じてしまうよ。
「まあ、ちょっとな」
「俺に話せない内容?」
「俺自身の問題だ。気にしないでくれ」
「そっか。それなら仕方ないか」
「悪いな。でも心配してくれてサンキュー」
俺は今出来る最高の笑顔を翔に向けた。
これで少しは心配性の翔を安心させれたはずだ。
その後お互いに軽く冗談を言い合って、翔は自分の席に戻っていく。
しかし、翔と言う人間は普通の人以上に感の鋭い男。
席に戻って行く途中、奴はこちらを振り返り俺だけに聞こえる声で言葉を発した。
「二兎追うものは一兎も得ず……だよ」
それだけ言い残して、翔は自分の席に戻って行った。
あいつは最初から全て分かっていたのかもしれないな。
今朝の心愛が言っていたメンタリストとは、一ノ瀬翔の事なのでは?とそんな事を考えながら翔に言われた言葉を改めてスマホで検索してみた。
「何だよこれ」
検索して出てきた言葉の数々を見て、思わず呟いてしまった。
二人の女性を同時に手に入れようとすれば、その二人ともを失ってしまう……みたいなのとか。
会社の上司のことが好きになってしまったが、今の彼女の事も手放したくはない。だからその両方と同時に付き合う事にしたのだが、結局二股がバレて二人から振られてしまったとか。
こんな書き方されたら、まるで俺が心愛の事を狙ってるみたいじゃねえか。
俺が好きなのは早見ちゃんで心愛はただの……俺のファン第一号だ。
だからこう言う場合、俺が優先すべきは自分自身の幸せなんじゃないのか。
心愛だって俺の幸せを喜んでくれるはずだ。
そうだ間違いない。
今日の予定は早見ちゃんとの食事を優先しよう。
そう答えを導き出した俺は、すぐさまLimeで心愛に断りの連絡を入れた。
『すまん心愛、今日の約束行けなくなってしまった。仕事が終わりそうになくてな。また次の機会にでも飯に行こう』
何故か本当の理由は心愛に伝える事が出来なかった。
理由は分からないのだが、早見ちゃんとの食事の事を打とうとした時一瞬だけだが怖くなってしまったのだ。
具体的に何に対して怖くなったのかと問われても、明確な回答は出来ないと思う。
心愛への連絡を終えた後、俺はスマホの電源を落とした。
どうせ心愛から鬼のように怒り連絡が来ると思ったからだ。
そして時刻は17時となった。
仕事が終わり、俺は会社の外へと出る。
11月も後半に差し掛かると、17時でも外はすでに真っ暗だ。
そんな中で一人、全体的に黒をベースとした地雷系ファッションで身を包んでいる女性がスマホで何かを必死に見ていた。
スマホの光で顔がうっすらと見えているだけなのだが、とても可愛い子だと言うのが分かる。
「お待たせ」
「もう先輩!さっきから何回も連絡入れてるんですけど!」
「あ……まじで。ごめんごめん、今スマホの充電切れててさ」
「ええーー!!スマホの充電切れるとか私なら普通に死ねます。まあ先輩はそんなにスマホ使わなさそうなんで、別にダメージはないかもですが……。でもあんまりスマホ使わない人がなんで充電切れてるのかって言う謎もありますよね」
「寝る前に充電し忘れてたんだよ……ハハ」
引き攣り笑顔を見せながら、俺は下手な嘘をついた。
心愛にならすぐに見抜かれるであろう嘘だが、早見ちゃんには余裕でバレなかった。
その後も早見ちゃんからはスマホの件や心愛と美久の件で色々と小言を言われたが、俺は大人な対応で華麗に受け流すことに成功。
そして会社から歩く事10分。
なかなかにお洒落なレストランが俺と早見ちゃんの前に現れた。
「ここです!」
「おお……、これはまた高級そうなレストランだな」
「私の行きつけです。今日は遠慮せずに好きな物を食べてくださいね」
「マジで?」
「当たり前です!今日は先輩の為に貸切にしたんですよ?」
「貸切!?」
今俺の目の前にいるこの女性は一体何者なのだろうか。
普段はどちらかと言うとあまり仕事が出来ない部類に入る俺の部下として共に働いているが、本当の早見月姫と言う存在を今日改めて知る事になるのかもしれない。
「さあ入りましょ〜〜」
「お……おう」
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