第34話 心愛との約束

 ファミレス会議の次の日の朝。

 俺はいつもの時間に商店街の入り口地点へとやって来ていた。

 いつもなら既に心愛が来ているはずなのだが……今日はまだ来ていない。


 どうしたんだ?まさか、何か事件にでも巻き込まれているんじゃねえだろうな。

 何だか妙な胸騒ぎがしていた。

 うーん、Limeでも送ってみるか?それともちょっとその辺まで様子を見に行った方がいいか?

 ウロウロと落ち着かない様子で商店街入り口付近を歩き回っていると、何とも耳馴染みの良い朝の挨拶が俺の後ろから飛んできた。


 「おはようです。神谷さん」

 「おお!!……心愛」

 「何をそんなに驚いているんですか?」

 「いや、別に」


 不思議そうに俺の事を見つめてくる心愛。

 いつもの時間に心愛がいなかっただけで不安になっていたなんて知られたら、俺が今まで積み上げてきた余裕のある大人と言うイメージが崩れてしまう。

 それだけは阻止せねば。


 「何かソワソワしてましたよね?ま・さ・か」

 「はぁ?この俺がソワソワ?そんなことある訳ねえだろ」

 「んん?その反応……、怪しいですねぇ」

 「全くもって平常心だ。俺は過去一度もソワソワした事がない人間として、ギネス世界記録に登録されてるしな」

 「あ、そうだったんですね。じゃあ今からギネス認定員の知り合いに確認してみます」

 「それはちょっとやめておいた方がいいかもな」

 「神谷さんは嘘が下手ですね」


 心愛が勝ち誇ったようにそう言ってきた。

 確かに、俺は昔からまともに嘘をつけた事がない。

 あれは小学生の頃だったか、母親が500円玉貯金をしていたので時々抜いてはお菓子を買っていた。

 だがある時、貯めても貯めても貯まらない500円玉貯金をおかしいと思った母親が俺にこんな質問をしてきた。

 

 「あんた、私の500円玉貯金からお金取ってない?」

 「えっと……座敷童が何度か取ってたのは見たことあるかも」

 「そんな嘘が通用するわけないないでしょ!!」


 俺の嘘は一瞬で見破られ、こっぴどく1時間くらい叱られた。

 どうにか嘘が上手くなりたいと詐欺師が主人公のドラマを見て特訓をするも、ポーカーフェイスと言う壁が立ち塞がりあえなく諦める。

 

 そんな少年の時の思い出に浸っていると、心愛が何ぼーっとしてんだよ!!みたいな表情で俺の顔を覗き込んできた。


 「ちょっと話が変わるが、今日はどうして遅かったんだ?」

 「そっかぁそうだったんですね」

 「おい、何ニヤニヤしてんだ?」

 「いえいえ。神谷さんは本当に優しい人なんだなぁって思っただけです」

 「おい心愛、間違った捉え方はやめろよ」

 「私ってこう見えてもメンタリストなんですよ。なので神谷さんの話し方や表情、仕草なんかで神谷さんが何を考えて何を思っているのか手に取るようにわかるんです」

 「……まじで?」

 「……嘘です」


 朝から馬鹿みたいな会話をした後、昨日の事を話そうとしたがお互いに時間がなくなってしまった。

 仕方ないので今日の仕事終わりに時間を作り、昨日と同じファミレスで心愛と待ち合わせる事となった。


 「そんじゃまた夕方に」

 「残業とかやめてくださいね」

 「約束は出来ないな」

 「女と約束も出来ないなんて、男として失格だと思いますが……」

 「……分かったよ。約束すればいいんだろ」

 「やっぱり持つべきものは神谷さんですね」

 「ハハ、そうだろうそうだろう」


 心愛と今日は残業をしないと言う約束を半ば強制的にさせられ、俺は会社へと向かった。

 そして会社に着いた俺を最初に出迎えてくれたのは、俺の上司である桃田課長だ。

 てっぺんハゲが目立つ事から社員達は隠れて、ハゲガッパと呼んでいる。


 「どうしました?」

 「いやね、君の部下の早見君が提出してくれた資料なんだがこれほとんどやり直しだよ」

 「え!?ちょちょちょっと、見せて頂いてもよろしいでしょうか?」

 「まあいいけど、見たところでやり直しはやり直しだからね」

 

 ハゲガッパから資料を受け取った俺は、一枚一枚しっかりと目を通した。

 てっきり早見ちゃんからきもいと言われた事を根に持って、ハゲガッパの私情でやり直しと言ってきたのだと思っていたのだが……。

 これは誰が見てもやり直しというレベルにひどい資料だったわ。


 「……わかりました。昼までには私が責任を持ってちゃんとした資料を提出させて頂きます」

 「お願いね。次もこんな資料を提出してきたら、君と早見君の処分を考えなきゃいけなくなるからね」

 「はい。誠に申し訳ございませんでした」


 満足そうな表情を浮かべながら女性社員の所へと向かうハゲガッパ。

 俺はその間も深く頭を下げ、悔しさからか下唇を思いっきり噛み締めていた。

 地獄に落ちやがれ、ハゲハゲガッパの豚足野郎が。


 

 ◇◇◇



 ハゲガッパから言われた資料のやり直しを完成させ、提出に向かおうとした時早見ちゃんが俺の元へとやって来た。

 

 「先輩、私のミスした資料を作り直してくれたって聞いたんですけど〜〜本当ですか?」

 「ああ、今から提出に行くところだ」

 「そうだったんですね〜〜。なんか、先輩にはお世話になりっぱなし的な感じなので何かお礼をさせて欲しいなって思ったんですけど」

 

 早見ちゃんが俺にお礼だと!?

 これはつまりどう言うことなんだ?俺と二人で、どこか食事に行きたいですって事で解釈していいのか?


 「お礼って、それはつまり……食事って事か?」

 「そうですね!それじゃあ今日の夜という事で、場所はまた連絡しますね〜〜」

 

 そう言って、早見ちゃんは嵐のように過ぎ去っていった。

 おいちょっと待て、今日の夜って心愛と既に待ち合わせしてるじゃねえか。

 どうすんだよ一体……。


 何の解決策も浮かばないまま、気づけば夕方になってしまっていた。


 

 


 


 

 

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