第52話 挺身攻撃隊

 戦艦「比叡」に座乗する第三戦隊司令官は闇の中、かろうじて視認できるオアフ島の稜線を見つめている。

 時刻は現地時間の午前三時二五分。

 あと五分でオアフ島中央部にあるホイラー飛行場に向けて「比叡」と「霧島」の二隻の戦艦による艦砲射撃がはじまる。

 「比叡」をはじめとする甲挺身攻撃隊はオアフ島の西一〇キロの海域にあった。

 三〇ノットの俊足があったからこそ、夜の間にこの砲撃ポジションまでくることが出来たのだ。



 甲挺身攻撃隊

 戦艦「比叡」「霧島」

 重巡「高雄」「愛宕」「摩耶」

 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」



 実のところ、艦隊が海岸に接近して戦闘を行うというのはあまり好ましいことではない。

 しかし、ホイラー飛行場が内陸にあるためにこれを有効射程圏内におさめるにはどうしても陸地に近づく必要があった。


 一方、ヒッカム飛行場を砲撃するのは戦艦「金剛」と「榛名」の二隻。

 こちらの飛行場はオアフ島の南にあり真珠湾からの反撃が激しいことが予想されるため、特務戦隊の応援を受けて戦力を充実させている。

 指揮は特務戦隊の南雲司令官がこれを執る。



 乙挺身攻撃隊

 戦艦「金剛」「榛名」

 駆逐艦「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」

 (臨時編入)

 重巡「利根」「筑摩」「妙高」「羽黒」「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」



 第一機動艦隊の主力は予定通りの時間にハワイ近海に設けた作戦発起点に到達、日没と同時に戦艦「大和」ならびに「武蔵」を除く第五艦隊の全艦を甲挺身攻撃隊ならびに乙挺身攻撃隊の二隊に分けたうえでオアフ島に突撃させた。

 「大和」と「武蔵」が外れたのは、両艦が第五艦隊の他の艦に比べて鈍足で、この二隻を同道させては夜明けまでに十分な砲撃時間を確保することが困難だったからだ。

 このため、両艦は夜間砲撃任務からは外さざるを得なかった。

 一方、オアフ島にある敵航空戦力の主力はホイラー飛行場とヒッカム飛行場に展開していることが分かっている。

 金満提督は太平洋艦隊との決戦に勝利すると同時に、高速戦艦で編成された第三戦隊の「比叡」と「霧島」、それに「金剛」と「榛名」の四姉妹にこれら飛行場の破壊を命じていた。


 「戦艦の巨弾をもって、鷲が巣にいるうちにすべて焼き尽くせ」


 観測任務の零式水観は四隻の戦艦からすでに発進していた。

 これらは超低空飛行で敵のレーダー網をかいくぐり島に接近、砲撃直前に急上昇して照明弾を投下、挺身攻撃隊に飛行場の正確な在り処を知らせる

 夜間の超低空飛行は危険極まりない行為だが、搭乗員はウェーク島や豪州、それにインド洋で実戦経験を積んだ熟練搭乗員ばかりなので心配の必要はなかった。


 砲撃開始時間になるとともにオアフ島中央部の上空にうっすらと明かりのようなものが現れる。

 零式水観が投下した照明弾だ。

 すかさず第三戦隊司令官は砲撃の開始を命じる。

 もちろん、陸上砲台からの反撃はこれがあるものとして事前に対策済みだ。

 そして、実際にオアフ島西岸の複数個所で砲口炎が上がる。

 だが、そのたびに煙幕や妨害電波を使って身を隠し、一方で二五番を搭載した零式水偵やあるいは六番を搭載した零式水観を差し向けて逆にそれらを虱潰しにしていった。


 この時、四隻の「金剛」型戦艦と一一隻の重巡には合わせて五〇機近い水上偵察機や水上観測機が搭載されており、照明や着弾観測、それに戦果確認のための機体を除いてもなお三〇機以上を爆撃任務に投入することが出来た。

 そして、それら機体を駆るのはそのいずれもが帝国海軍屈指の熟練ペアであり、夜間低空飛行に加えて爆撃の技量にも優れていた。

 それでも、もし仮に敵の陸上砲台が戦艦の砲塔を流用した強固に防御されたものであれば、日本の艦艇に対してそれなりの脅威を与えられたかもしれない。

 しかし、オアフ島の砲台のほとんどは露天砲台であり、つまりは航空機からの攻撃に対する抗堪性に乏しかった。

 その間にも「比叡」と「霧島」、それに「金剛」と「榛名」は観測機の指示を受けつつ、六〇〇キロを超える重量弾を飛行場やその周辺に次々に叩き込んでいった。




 真珠湾が、オアフ島全体が燃えていた。

 挺身攻撃隊が砲撃を開始したとき、ホイラー飛行場とヒッカム飛行場にあった戦闘機や爆撃機は、夜明けとともに来襲が予想される日本側艦上機を迎撃するかあるいは日本艦隊の攻撃に向かう手はずとなっていた。

 そこで戦闘機には燃料と銃弾が、爆撃機には燃料と爆弾が満載されていた。


 そのような状況のなかで「金剛」四姉妹の三六センチ砲弾が飛行場に降り注ぐ。

 最初は荒かった狙いも砲撃が進むにつれて精度が増していき、滑走路だけでなく格納庫などの付帯設備も爆砕していった。

 駐機していた飛行機はひとたまりもなかった。

 近くに落ちた砲弾片によって燃料タンクが引き裂かれ引火、搭載していた爆弾が誘爆して手の付けられない状態になった。

 わずかに生き残った戦闘機も飛び上がることは不可能だった。

 滑走路は穴だらけになってしまい、しかも煙によって視界はほとんどきかない。

 日本艦隊を撃滅できる力を持った荒鷲たちは、だがしかしその研ぎ澄まされた爪を存分に振るうこともなく地上で次々に焼き殺されていった。


 そして、夜明けと同時にオアフ島周辺空域に多数の航空機が飛来してくる。

 一機艦が放った零戦隊だ。

 これら機体はすべて夜間発艦が可能な熟練者が搭乗しており、それらは挺身攻撃隊の上空に鉄壁の傘をさしかける。

 そこへホイラー飛行場とヒッカム飛行場以外に展開していた、つまりは生き残った戦闘機と爆撃機が仲間の敵討ちとばかりに挺身攻撃隊に襲いかかってくる。

 しかし、その数は少なく、上空警戒中の零戦隊によってあっという間に撃滅されてしまった。


 夜が明けて間もなく、補給隊の護衛や哨戒の任を解かれた重巡「那智」と四隻の「秋月」型駆逐艦に護衛された戦艦「大和」と「武蔵」、それに「長門」と「陸奥」が真珠湾沖に姿を現した。

 「大和」以下の四隻の戦艦は真珠湾にある軍港施設に対して容赦の無い砲撃を行う。

 「大和」と「武蔵」からは一トン半、「長門」と「陸奥」からは一トンの重量弾が次々に吐き出され、それらが真珠湾に降り注ぐ。

 たちまち真珠湾は熱と炎に席巻される。

 だが、真珠湾の軍港施設に致命傷を与えたのは戦艦の砲弾ではなく、大量に備蓄してあった重油だった。

 重油はめったなことでは着火しないのだが、それでも四六センチ砲弾や四一センチ砲弾が飛び交う鉄と火薬の嵐の中では、そのような性質もたいして意味はなかった。

 そのころには甲挺身攻撃隊ならびに乙挺身攻撃隊もまた他の飛行場や陸軍施設に目標を変えてその砲門を開いていた。




 午後遅く、オアフ島の観測任務にあたっていた零式水観は見たままを一機艦宛に打電した。


 「猛煙で何も見えず。火災による気流が激しく観測不能」


 高空にまで立ち上ったその煙はマウイ島やハワイ島はおろか、遠くミッドウェー島からでも確認できたという。

 オアフ島もまた、日本艦隊によって豪州のブリスベンやシドニーと同様、灰燼に帰した。

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