第49話 特務戦隊
「空母四隻ならびに駆逐艦三隻を撃沈。さらに戦艦二隻に巡洋艦八隻、それに駆逐艦一五隻を撃破しています。撃沈した空母はその艦型から『ヨークタウン』と『ホーネット』、それに『ワスプ』ならびに『レンジャー』と思われます。また、撃破した二隻の戦艦は『ノースカロライナ』級乃至は『サウスダコタ』級と思しき新型戦艦で、そのいずれにも複数の魚雷を命中させ、両艦ともにその速力は著しく低下しているとのことです」
戦果確認任務にあたっている九七艦電がよこしてきた報告を航空参謀が読み上げる。
それぞれ一二〇機、合わせて二四〇機もの九九艦爆と九七艦攻が挙げた戦果としては少しばかり物足りなさを覚えなくもないが、それでも大戦果には違いない。
しかし、実際のところはきわどい勝利だった。
もしこちらの九七艦電が先に太平洋艦隊を見つけていなければ、逆の展開もありえたからだ。
一機艦が索敵を重視していた、あるいは九七艦電の配備が間に合ったからこその結果とも言えたが、運がよかったことも否定できなかった。
「零戦は第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊合わせて一九六機が出撃し未帰還一七機。九九艦爆は一二〇機が出撃して未帰還二三機、九七艦攻は一二〇機が出撃して未帰還が二〇機です」
戦果報告に続いて被害集計を航空参謀が読み上げる。
一方的に太平洋艦隊を攻撃したとはいえ、その反撃の砲火によってこちらが受けたダメージもまた決して小さくはない。
六〇機の未帰還ということは、つまりは空母一隻分の航空隊がまるまる失われたのと同じだ。
だが、それでも戦果と比較すれば十分に許容できる数字でもあった。
「一〇〇名を大きく超える搭乗員を失ったなかで不謹慎な物言いになってしまいますが、それでも敵艦隊の対空砲火の激しさの割には未帰還機が思っていたほどではありませんでした。正直に申し上げると、私は米艦艇のその対空火器の増強ぶりからウェーク島沖海戦を遥かに上回る損害を覚悟していました。しかし、現実にはそれほどでもなかった。これはいったい、どうしたことなのでしょう」
柳本参謀長が覚悟していた未帰還率が、事前に自身が想定したものよりもずいぶんと低かったことに安堵するような、それでいて今一つ釈然としないような、何とも言えない表情を金満提督に向ける。
「たぶん、未熟な新兵が多く乗り組んでいたということでしょう。大西洋でも米国の駆逐艦がUボートに次々にやられていると聞きますが、あれと同じことではないかと思います。米海軍の人材不足はこちらが想像している以上に深刻なようですね」
金満提督は柳本参謀長にそう答えた後で将兵の、人間の大切さを再認識する。
おそらく、今の太平洋艦隊の各艦はウェーク島沖で戦った当時のそれとは比べものにならないくらい高角砲や機関砲、それに機銃を増備していたはずだ。
射撃指揮装置の性能もまた同様に向上していたものと思われる。
だが、兵器というのは正しい手順で正確に操作してこそ力を発揮するものだ。
それに戦場ではある程度の迅速さも必要となってくる。
対空機銃などはさらにプラスアルファで経験と勘、それに胆力が求められる。
熟練兵でなければ高機能複雑化した兵器の力を十全に発揮することはできないのだ。
機銃をたくさん敷き並べ、それを慣れない新兵にどんどん撃たせたところで効果はしれている。
仮定の話になるが、もし開戦時の太平洋艦隊の乗組員が、つまりは戦前から十分なトレーニングを積んでいたはずの彼らが対空戦闘にあたっていたら、一機艦の艦爆や艦攻はこの程度の損害では済まなかったはずだ。
「現在、すぐに使える艦爆は二三機、艦攻のほうは二八機です。帰還したものの、修理不能と判定された艦爆と艦攻は合わせて八七機にのぼります」
航空参謀が残存戦力を告げるが、その数は極めて少ない。
修理すれば使える機体を計算に入れたとしても、一機艦の対艦攻撃能力は一度の会戦で半数以下にまで激減してしまった。
新兵が多かったであろう技量未熟な敵を相手取ってでさえこれだけの損害を出してしまった。
このことで、金満提督は「もう九九艦爆と九七艦攻は使えないな」と見切りをつける。
認めたくはないが、両機種ともにすでに時代遅れだ。
速力も防御力もまったくもって不足している。
今後も運用を続ければいたずらに搭乗員の犠牲を増やすだけだろう。
「いや、違うか」
金満提督は思い直す。
九九艦爆や九七艦攻が旧式化したのではない。
敵艦上空数百メートルにまで接近を強いられる急降下爆撃や、投下時に魚雷を傷めないように低空あるいは低速でこれもまたかなり敵艦に接近せざるを得ない現在の航空雷撃こそが問題なのだ。
対空火器は現在の光学照準に加え、これからは電探照準が当たり前という時代になるはずだ。
高角砲や機関砲、それに機銃の射程や威力がどんどん増すなか、さらに射撃精度が格段に向上すればどうなるか。
艦爆や艦攻がこれからも戦力としての価値を維持するためには戦術の、兵器の根本的な見直しが必要だった。
例えば自分から相手を追いかける爆弾や魚雷、あるいは誘導式噴進弾など遠めから撃ちっ放しにできるような兵器とか・・・・・・
「だが、それはこの戦いに勝ってからの話だ」
金満提督は脱線しかけた思考を、目の前の戦いのそれに戻す。
「今日はもう、航空機による攻撃はしません。補給隊と第五艦隊を呼び戻して態勢を立て直しましょう」
そう言って金満提督はいくつかの命令を出すとともに、航空隊と時を同じくして放った「特務戦隊」に思いをはせる。
もし、一機艦が太平洋艦隊に対して航空戦で先手を取ることができ、なおかつこちら側が空襲を受ける恐れが少ないと判断される場合には、空母を護衛する重巡を切り離し、「特務戦隊」として一気に敵艦隊に肉薄させることにしていた。
そして、その司令官こそが「若手の育成に云々」と言った舌の根が乾かぬうちに舞い戻ってきた元第一航空艦隊司令長官の南雲中将だった。
「補助艦殺し」の二つ名を持つその提督が、ウェーク島沖海戦での無念を晴らすために、今度は特務戦隊司令官として太平洋艦隊を捕捉すべく驀進していた。
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