第48話 対艦攻撃

 零戦隊の奮闘のおかげで一機も欠けることなく一二〇機の九九艦爆は敵艦隊上空へとたどりつくことが出来た。

 その九九艦爆に課せられた使命は、米空母の周囲に展開する巡洋艦や駆逐艦といった護衛艦艇の排除だ。

 九九艦爆はそれぞれが指示された目標に向かい、小隊単位で突撃態勢に移行する。

 眼下の太平洋艦隊の各艦から高角砲あるいは両用砲が、続いて機関砲や機銃が火を噴き始める。

 その火弾や火箭の密度はウェーク島沖海戦のものとは比較にならないほどに濃厚だ。

 帝国海軍も各艦艇に高角砲や機銃を増設するなど対空兵装の強化を図ってはいるが、だがしかし米艦艇の増強ぶりはこちらのそれを明らかに上回っている。

 それでも九九艦爆の搭乗員らは恐怖を振り払い、その火箭の先にある目標めがけて急降下を開始する。


 そのような中、第一次攻撃隊指揮官の「蒼龍」艦爆隊長は小ぶりな船体から猛烈な火弾と火箭を撃ち上げてくる巡洋艦に狙いをつけた。

 艦の大きさ自体は日本の五五〇〇トン級軽巡とさほど変わらないように見える。

 だが、その巡洋艦は艦首から艦尾まで隙無く高角砲や機銃を敷き並べ、その姿はただ飛行機を叩き落とすためだけに生まれてきたように「蒼龍」艦爆隊長には思えた。

 放置することはできなかった。

 もし、この巡洋艦を見逃せば第二次攻撃隊の艦攻隊は間違いなく大損害を被るだろう。

 「蒼龍」艦爆隊長の小隊は機首を下げ降下に移る。

 そのとたん、幾条もの火箭が噴き伸びてきた。

 同時に三番機が爆散する。

 機関砲弾かあるいは機銃弾をカウンターでまともに食らってしまったのだろう。

 だが、「蒼龍」艦爆隊長はすでに眼下の巡洋艦に爆弾を叩きこむことのみに集中しており、僚機の撃墜にもその集中を乱されることはなかった。

 生き残った二機の九九艦爆がそれぞれ二五番を投弾、一発が至近弾となり、もう一発が巡洋艦の中央部に命中する。

 米軍の急降下爆撃機が投じる一〇〇〇ポンド爆弾に比べていささか見劣りのする二五〇キロ爆弾も、巡洋艦や駆逐艦にとっては剣呑極まりない存在だ。

 比較的防御が充実した重巡洋艦でさえその装甲をぶち抜かれるし、駆逐艦に至っては当たり所が悪ければ一発で轟沈ということもありえた。

 直撃を食らったその巡洋艦もまた機関部に深刻なダメージを受けたのだろう、煙を吐きながら徐々に行き脚を落としていった。

 追撃してくる火箭をかいくぐり、ようやくのことで敵巡洋艦の有効射程圏を脱した「蒼龍」艦爆隊長は戦況全般に目をやる。

 太平洋艦隊の巡洋艦や駆逐艦が打ち上げてくる高角砲弾や機銃弾によって九九艦爆が火を噴き、煙を曳いて墜ちていく。

 一方、海面上では巡洋艦や駆逐艦が相次いで被弾、爆炎と爆煙を噴き上げていた。




 第二次攻撃隊指揮官の「赤城」艦攻隊長が眼下を見下ろす。

 そこにはインド洋やウェーク島沖と同じ光景が現出していた。

 巡洋艦や駆逐艦が炎上し、中には当たり所が悪かったのか洋上停止しているものもある。

 空母を守るはずだった輪形陣は完全に崩壊していた。


 「ありがたい」


 「赤城」艦攻隊長はここまで自分たちを守ってくれた戦闘機隊に、そして血路を開いてくれた艦爆隊に感謝する。

 彼らのおかげで艦攻隊は存分に敵の空母と戦艦を攻撃することができる。


 「一航戦ならびに二航戦は左翼、三航戦ならびに四航戦は右翼の艦隊を目標とせよ。右翼の敵艦隊の攻撃法に関しては三航戦指揮官の指示に従え」


 右翼の空母群への対応は三航戦指揮官に丸投げし、「赤城」艦攻隊長は指示を続ける。


 「一航戦は空母、二航戦は戦艦を狙え。前方の空母は『加賀』隊が、後方の空母は『赤城』隊が叩く。戦艦の攻撃手順は二航戦指揮官にこれを委ねる」


 一連の指示を終えた「赤城」艦攻隊長は第一中隊の九機を率いて海面を這うような低高度で敵空母に肉薄する。

 反対舷には第二中隊の九機が回り込んでいるはずだ。

 「赤城」艦攻隊長はウェーク島沖海戦を思い出している。

 あの時、「赤城」艦攻隊は空母「エンタープライズ」を撃沈した。

 しかし、先陣を切って雷撃を敢行した第一中隊の魚雷は同艦の驚異的ともいえる回頭性能と「エンタープライズ」艦長の卓越した操艦によってすべて回避されてしまった。

 「赤城」艦攻隊長ならびに第一中隊の搭乗員らにとっては苦い思い出だ。

 だからこそ、今度は当ててやるという決意を込めて「赤城」艦攻隊長は前方の空母を見据える。

 

 「煙突と艦橋が一体化している。つまりは『ヨークタウン』級空母!」


 「赤城」艦攻隊長は艦橋の形状からそう判断した。

 だが、少しばかり違和感があった。

 艦橋や全体の艦型が何となく小さく見え、速度もかつての「エンタープライズ」ほどには出ているようには見えない。

 そのことで、目前の敵空母の正体に思い至る


 「ワスプか!」


 「レキシントン」級や「ヨークタウン」級に比べて小ぶりだが、それでも空母としての航空機運用能力はさほど遜色はないと聞いている。

 相手が「ワスプ」だからと言って、がっかりするということはなかった。

 艦型こそ違え、正規空母という大物に違いは無い。

 それに対空砲火は「エンタープライズ」と比べても劣るどころか、より激しく思える。

 曳光弾が自分に向かって吹き伸びてくるが構わず突進する。

 もう少しで投雷できるというところで、「赤城」艦攻隊長の耳に後方からの爆発音が飛び込んでくる。

 部下の誰かがやられたのだろう。

 さらに一機を失った時点でようやく射点に到達、「赤城」艦攻第一中隊の各機は、僚機のかたき討ちだとばかりに次々と魚雷を投下した。


 一方、狙われた「ワスプ」のほうは必死で「赤城」艦攻隊が放った魚雷を回避しようとした。

 だが、手練れが放った、しかも両舷から迫る魚雷をすべて避けることはできない。

 「ワスプ」の左舷に二本、右舷に三本の水柱があがる。

 同艦の撃沈を確信した「赤城」艦攻隊長は、次に「加賀」艦攻隊の目標となった空母に目をやった。

 そちらは完全に洋上停止し、大きく傾斜しているうえに喫水もまた深まっているのが遠目からでも分かった。

 「加賀」艦攻隊もまた立派に任務を果たしたようだった。

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