第43話 元提督

 「するってぇと何か? 合衆国海軍上層部の連中もそれにハワイの太平洋艦隊司令部も日本の艦隊に勝つ自信があると、そう言うのか」


 ウェーク島沖海戦で空母部隊を指揮した元提督、ハルゼーの驚きを含んだだみ声が小さくささやかに響く。


 「はい。ハワイの陸上基地の航空機ならびに『ヨークタウン』と『ホーネット』、それに新しく合流した『ワスプ』と『レンジャー』の四隻の空母の艦載機が合わせて一〇〇〇機。さらに、ミッドウェーの航空隊も勘定に入れれば一二〇〇機近くにのぼります。日本を発った艦隊の艦載機が六〇〇機程度と見積もられていますから、ちょうど倍の戦力です。それに不沈の航空基地と機動性抜群の空母部隊をうまく連携させれば戦力を集中させて一点突破もできますし、挟撃もまた可能です」


 一切のよどみなくすらすらと答えるのはハルゼーと珍しくウマが合う大尉だ。

 見識が高く、ハルゼーとしては参謀に欲しかったのだが、大尉ではちょっとばかり階級が低すぎた。

 だが、今では彼をウェーク島に連れて行かなくてよかったと思っている。

 連れていってたなら死んでいた、たぶん。


 「数だけ揃えても無意味だぞ。俺は『エンタープライズ』で実際に目にしたが、悪魔のような技量を持つ連中だった。海面をすべるようにして魚雷を撃ちこみやがったんだ。信じられるか? 『エンタープライズ』の飛行甲板よりもずっと低く飛んできたんだぞ」


 「ハワイに新しく配属されたのは本来なら豪州方面で戦うはずだった搭乗員の中でも選りすぐりの腕利きばかりです。日本の搭乗員にそうそう後れを取ることはないでしょう。それに、日本艦隊のほうは豪州やインド洋をはじめとした連戦によって数多くの熟練搭乗員を失っているはずです。提督の『エンタープライズ』だって、かなりの数の敵機を撃ち落としたと記憶していますが」


 「それは事実だが・・・・・・。それよりも俺はもう提督じゃねえ。だから提督はやめろ」


 「私にとって提督は提督です。他の呼び方をするつもりはありませんよ」


 ハルゼーはこの大尉の物怖じしないところが気に入っている。

 戦場にいっても平常心で戦えるだろう、この男は。

 なにより、日本軍の捕虜解放の条件を飲んで海軍を辞めざるを得なかった自分に対して以前と変わりなく接してくれている。

 今でも、いろいろな情報を自分に教えてくれるのだ。

 はっきり言って軍機漏洩という重大な違反行為だが、良くないこととはいえそれがうれしかった。

 それだけ、自分のことを信じてくれているのだから。

 そんな若者の考えが聞きたくなった。


 「連中が素直にハワイに来ると思うか?」


 「指揮官がまともな人間だったら来ないでしょうね」


 「何故そう思う」


 にらみつけるようなハルゼーの問いかけに、だがしかし大尉は特段気にした様子も見せず淡々と自説を開陳する。


 「まともな人間だったら敵のホームグラウンドで、しかも自分たちよりも数多くの航空機を擁していると分かっている相手に真っ向勝負を仕掛けるような真似はしないでしょう。不沈空母相手に消耗戦をするようなものです。奇襲が出来るのなら別かもしれませんが」


 「レーダーのあるハワイ相手に奇襲なんて出来るのか」


 「提督が先ほどおっしゃっていた超低空で接近する手はあります。レーダーは低空の飛行機を探知するのが苦手ですから」


 「連中ならやりかねんな。海面すれすれを飛んでオアフ島に接近、飛行場を奇襲するだけの技量を持っている。そして、その基地航空隊を潰したうえで空母の料理にとりかかる。そうすれば各個撃破も十分可能だ」


 「ただ、それも無いでしょうね。基地を攻撃中にハワイ近海で遊弋中の我が方の機動部隊に側背を突かれます。そもそも一度の作戦でハワイの攻略と敵機動部隊の撃滅の両方を同時に狙うなんてばかなことをするような海軍など世界中どこを探したってありませんよ。目標の一本化は基本中の基本です」


 良い事を言ったつもりなのにこの大尉は平気で水を差してくる。

 少しすねつつハルゼーは腰を上げる。

 時間だ。


 「今日はありがとよ」


 「これからどちらへ?」


 「ああ、ちょっと野暮用があってな」


 本当のことは言えない。

 実はハルゼーは今から日本との講和を求める人たちが集うデモに参加するのだ。

 ハルゼーはウェーク島沖海戦で乗艦していた「エンタープライズ」が沈没した際に海に放り出された。

 気が付いたときには駆逐艦の中だった。

 その駆逐艦は結局は最後まで生き残ったものの日本軍に鹵獲された。

 ハルゼーは足を骨折していて、日本に着くなり海軍病院に入院させられた。

 そこで妖精に出会った。

 まだ、あどけなさの残る妖精のような雰囲気を纏った看護婦に。

 妖精は敵国の将である自分にかいがいしく世話を焼いてくれた。

 ズイコと言われていたので、そういう名前だと思っていたのだが、いつからかユキカゼと呼ばれるようになっていた。

 妖精は自分が退院して故国に帰るときに、少し涙ぐみながらも笑顔で見送ってくれた。

 それまで何かにつけて「キル・ジャップス」と叫んでいた自分が恥ずかしくなった。

 こんな素敵な少女がいたのだ、日本には。

 だからこそ、日本との戦争は早く終わらせなければならない。

 そして、これからは「キル・ジャップス」ではなく「ラブ・ジャパニーズ(ナース)」だ。

 注:カッコ内は心の声


 新たな決意を胸にハルゼーは雑踏の中に消えていった。

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