第41話 (閑話)ある日の提督その三

 「この九七艦電は大規模な艦隊なら二〇〇キロ、空母や戦艦のような大型艦であれば単艦でも一五〇キロ先から探知できます」


 「母艦練習航空隊」の艦攻乗りの教官は少しばかり自慢の感情が入り混じった声音で金満提督に機体の解説をしていた。

 二人の脇には機体開発に携わった技師も説明役として控えている。

 その彼ら三人の横には胴体や翼にアンテナが林立している九七艦攻の姿があった。

 事情を知らない者が見たら、「空気抵抗って言葉知ってますか?」と言いたくなるほどに突起の多いフォルムだ。

 この機体はもちろん九七艦攻などではなく、正式には「二式艦上電波偵察機」といって、略称も「二式艦電」となっている。

 ただ、そう呼ばれるはずだった機体はだがしかし、どう見ても九七艦攻なので関係者の間では「九七艦電」という名で呼ばれている。

 秘匿名称「二式空六号無線電信機」という航空機用の電探を搭載し、電波の目で敵艦隊を探しだす機体だ。

 電子戦機の嚆矢とも呼ぶべきこの機体に目を細める金満提督に、技師が感謝の意を告げる。


 「金田さんの資金援助をはじめとしたご支援がなければ電探も機体もその開発は一年以上遅れていたことでしょう。それに戦時ですと材料の入手も困難になりますから性能も満足できるものではなかったかもしれません。これまでいろいろとご助力いただき本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げる技師に、金満提督は感謝は無用だとばかりに胸の前で手を振りつつ苦笑交じりの笑みを向ける。


 「この機体を完成にこぎつけるまで、いろいろとご苦労も多かったことでしょう。こちらこそこの九七艦電を来るべき決戦までに仕上げていただき感謝しております」


 そう言って金満提督も技師の苦労を労う。

 今次大戦の切り札を一つ挙げろと言われれば、鉄砲屋なら巨大戦艦「大和」、水雷屋ならウェーク島沖海戦で大戦果を挙げた酸素魚雷と言うだろう。

 飛行機屋であれば太平洋の空を席巻した零戦か、あるいはマレー沖で英戦艦を葬りさらにマーシャル沖で米戦艦にとどめを刺した一式陸攻かあるいは九六陸攻を挙げる者も多いだろう。

 だが、飛行機屋でありつつもその一方で電探信奉者でもある金満提督が考える切り札は、なにあろうこの「九七艦電」だった。

 帝国海軍内においては珍しく情報を重視する金満提督にとって、航空機が電探を搭載するというのは当然の流れあるいは進化だった。

 その電探については艦上機だけでなく零式水偵をはじめとした艦載機にも同様に装備できるようさらに改良が進められている。

 だが、屋根が無く風雨や潮風にさらされる水上艦艇で運用できるほどの信頼性と耐久性を満足させる水準には残念ながら達していない。


 「ただ、重量や配線などの関係で九七艦電は魚雷を装備することが出来ないのです。次の改良型では雷装が可能になるようにと努力はしているのですが」


 金満提督から感謝の意を受けた技師が申し訳なさそうにそう話す。

 現時点においては電探を構成するパーツの小型化にも限界があり、実際に九七艦電は中央の偵察席のスペースを潰して計器類を搭載しているのだ。

 だから、九七艦電は九七艦攻と違って二人乗りだから、搭乗員は忙しいことこの上ない。


 「構いません。それに、そもそもとして広大な太平洋において目視で敵艦隊を探せというほうが無茶なんですよ。それが、九七艦電のおかげで艦隊の索敵能力は飛躍的に高まりますから、魚雷が積めないことなど些末な問題にしか過ぎません」


 金満提督の言う通り、いくら帝国海軍の搭乗員の目が良いといっても、それには限度がある。

 だからこそ、これまで帝国海軍は米英との洋上決戦のときには多数の索敵機を放ってその弱点を補ってきたのだ。


 「あと、別件ですが、潜水艦を探知する航空機用の電探も開発が進んでいます。こちらは探知距離と範囲こそ狭いですが、一方で潜望鏡も見つけることが出来るようになります」


 金満提督の言葉にほっとしたのか、技師は別の電探の開発状況も教えてくれる。

 当然のごとくこちらも機密事項だが、相手がスポンサーともなれば話は別だ。


 「それはすばらしい。なんといっても海上交通路は日本の生命線ですからね。それに、電探を使った対潜哨戒任務は、九六陸攻や九七大艇といった古くなった機体の有効活用にはもってこいでしょう。いずれにせよ、一日も早く実用化できることを願っています」


 艦隊決戦が主題となりがちな軍令部や連合艦隊司令部の会議だと億劫がって必要なこと以外話そうとしない金満提督だが、これが電探をはじめとした技術に絡む話題、あるいは海上護衛戦といった国家の存亡にかかわる話だとふつうによくしゃべる。

 人間、興味があることだと自然と口数も増えるのだろう。

 教官と技師、それに金満提督の話は続く。


 金満提督が九七艦電の運用構想について嬉しそうに話している。


 だが、その金満提督でさえ、この九七艦電が来るべき日米の最終決戦で決定的な役割を演じることになるとは想像すらしていなかった。

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