第38話 殲滅

 第一機動艦隊は夜明けと同時に第一と第二、それに第三艦隊の空母から第二次攻撃隊を発進させ、戦場からの避退を図る東洋艦隊に追撃をかけた。


 その第二次攻撃隊は「赤城」と「蒼龍」、それに「飛龍」からそれぞれ零戦三機に九九艦爆一二機、「加賀」と「翔鶴」、それに「瑞鶴」からそれぞれ零戦三機と九九艦爆二一機、さらに「龍驤」と「瑞鳳」、それに「祥鳳」からそれぞれ零戦九機の合わせて一四四機からなる。


 第二次攻撃隊指揮官の「蒼龍」艦爆隊長は東洋艦隊を発見すると同時にその陣形も確認する。

 東洋艦隊は中央に戦艦五隻と空母一隻、左翼に駆逐艦六隻と巡洋艦三隻、右翼も同様に駆逐艦六隻と巡洋艦三隻という三列の単縦陣を形成、西北西に向けて航行していた。

 これらの中には被爆した痕が生々しく残る巡洋艦や駆逐艦が複数含まれており、おそらくは昨日撃破した機動部隊の残存艦艇と思われた。

 その東洋艦隊は戦闘開始時点で空母部隊と戦艦部隊に合わせて空母が三隻に戦艦が五隻、それに巡洋艦が六隻に駆逐艦が一四隻だったから、二隻の駆逐艦はおそらく機関を損傷していたかなにかで、自沈あるいは撃沈処分されたのだろう。


 敵の構成を読み取った「蒼龍」艦爆隊長は端的に指示を出す。


 「『赤城』と『蒼龍』、それに『飛龍』隊は右翼の巡洋艦と駆逐艦を叩け。『翔鶴』ならびに『瑞鶴』隊は左翼の巡洋艦と駆逐艦、『加賀』隊は他の艦爆隊の攻撃終了後に空母を狙え」


 敵の迎撃戦闘機はすでに零戦隊が片づけていた。

 「ハーミーズ」が搭載するわずか一〇機ばかりの戦闘機では手練が駆る五倍近い数の零戦の前にはまったくの無力と言ってよかった。


 真っ先に「蒼龍」艦爆隊長が直率する小隊が最後尾をいく巡洋艦に狙いを定め急降下に入る。

 三機が同時に投弾、うち一発が命中した。

 艦爆隊はウェーク島沖海戦までは縦隊となって前の機の着弾位置を参考にしながら一機ずつ投弾していたのだが、これは敵艦隊に爆撃のための飛行コースを知らせることにもなり、それが大きな被害を出す一因になった。

 そこで一個小隊つまりは三機が同時に投弾することによって敵の対空砲火の分散をはかることにしたのだ。

 もちろん、一機ずつ投弾していた従来のものよりも命中率は落ちるが、何よりも搭乗員の安全が優先される。

 以前だったら「命中率を下げてまで命を惜しむのか」と言った声が必ずあがっていたはずだ。

 だが、ウェーク島沖海戦での艦爆隊の損耗率のあまりのひどさに衝撃を受けた今では、帝国海軍にそのような認識の者はほとんどいなかった。


 投弾を終えた「蒼龍」艦爆隊長は敵対空砲火の射程圏外に離脱して以降は「加賀」艦爆隊の攻撃を注視している。

 「加賀」艦爆隊の攻撃は「艦爆の神様」と言われた「蒼龍」艦爆隊長の目から見ても見事なもので、視認出来た分だけでも一〇発近い二五番を「ハーミーズ」と思しき空母に命中させたようだった。

 それに、外れ弾もそのほとんどが至近弾となっているから、こちらもまた水線下の艦体に少なくないダメージを与えているはずだ。


 続く第三次攻撃隊が敵艦隊をその視界にとらえたのは第二次攻撃隊が攻撃を終えてから一時間後のことだった。

 第三次攻撃隊は「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」と「瑞鶴」がそれぞれ一八機、「蒼龍」と「飛龍」がそれぞれ一二機の合わせて九六機の九七艦攻と、さらにそれらを護衛する四五機の零戦からなる。

 九七艦攻についてはそのすべてが魚雷を抱えていた。

 第三次攻撃隊指揮官の「赤城」艦攻隊長は眼下の東洋艦隊の惨状を見て第二次攻撃隊が完璧な仕事をしてくれたことを理解するとともに感謝を捧げる。

 空母は沈みかかり、巡洋艦や駆逐艦も洋上に停止したりあるいは猛煙をあげたりしているものがほとんどだ。

 つまり、自分たち第三次攻撃隊は戦艦の攻撃に専念できるということだ。


 「『赤城』一番艦、『加賀』二番艦、『蒼龍』ならびに『飛龍』三番艦、『翔鶴』四番艦、『瑞鶴』五番艦」


 攻撃目標を端的に指示し、「赤城」艦攻隊長は第一中隊の六機を率いて先頭を行く戦艦に対してその機首を向ける。

 第二、第三中隊の一二機は反対舷に回り込んで挟撃態勢を整える。

 全機が海面を這うような低空から英戦艦に肉薄する。

 ウェーク島沖海戦では艦攻隊も艦爆隊と同様、大きな被害を出した。

 だが、艦攻の場合、撃墜されたのはほとんどが若年搭乗員の操る機体だった。

 熟練搭乗員は海面ぎりぎりを飛行できるが、若年搭乗員はそうはいかない。

 高度でいえばわずか数メートルの差なのだが、それが生死を分けた。

 そこで、搭乗員には徹底的な低空飛行の訓練が課された。

 寿命の近い返納された九七艦攻を多数用意、墜ちてもいいように搭乗員には救命胴衣と衝撃を吸収するための頭巾の着用を義務付け、飛行機を吊り上げるクレーン船まで用意された。

 そして、その成果が出ているようだ。

 それに、東洋艦隊は艦そのものの数が少なく、また一隻あたりの対空火力も米艦ほどではないため、ウェーク島沖海戦のときと比べて撃ち墜とされる日本機は明らかに少なかった。

 被撃墜機が少なければ投雷本数は増える。

 そのうえ、英戦艦はそのいずれもが二〇ノット台前半の速力しか出せない低速戦艦ばかりであり、三〇ノットを超える高速空母で訓練を積み重ねてきた九七艦攻の搭乗員から見れば、さほど命中に困難を覚えるような相手ではなかった。

 九七艦攻の雷撃を受けた中で致命傷を避けえた英戦艦は一隻も無かった。

 最も少ない艦でも四本を被雷し、「蒼龍」隊と「飛龍」隊の挟撃を受けた「ラミリーズ」は実に七本もの魚雷を横腹に突き込まれた。

 これを見た生き残った巡洋艦や駆逐艦は停船し、白旗を掲げる。

 あるいは、これ以上の抵抗は将兵を無駄に死なせるだけだと指揮官が判断したのかもしれない。




 「昨日と本日で空母三隻に戦艦五隻、それに軽巡二隻に駆逐艦七隻を撃沈しました。また、重巡二隻に軽巡二隻、それに駆逐艦七を鹵獲しております。一方でこちらは沈没艦はおろか損傷艦すらありません。これはもう、日本海海戦やウェーク島沖海戦に匹敵する大勝利と言っても過言ではないでしょう」


 これまでに挙げた戦果を読み上げる参謀がその声を弾ませる。


 「数字だけ見ればな」


 小沢長官が返した言葉に参謀は怪訝な表情を浮かべる。

 だが、すでに小沢長官は戦果とは別のことに思いをはせている。

 東洋艦隊司令長官は彼我の圧倒的な戦力差にもかかわらず、あきらめずにわずかに残された勝機をつかもうとした。

 もし、こちらが索敵に失敗していたらあるいは夜間雷撃によって何隻か沈められていたかもしれない。

 敵ではあっても間違いなく東洋艦隊司令長官は称賛すべき相手だった。


 「これからいかがいたしますか」


 参謀の問いかけに小沢長官は金満提督の言葉を思い出す。


 「艦隊決戦の後で余力があるようなら、できる限りインド洋で暴れまわってくれ。そうすれば・・・・・・」


 小沢長官はこの作戦の真の目的を思い出す。

 これはインド洋で東洋艦隊を撃滅する作戦ではない。

 英首相、チャーチルの断首こそが肝なのだ。

 小沢長官は参謀だけでなく、周りにいる者全員に周知するように力強く答える。


 「決まっている。インド洋の英軍拠点を叩き、この海から英商船を一掃する」

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