第37話 洋上航空戦

 勝利へのわずかな希望を見出した時に生まれた胸中の高揚は、だがしかしすでに過去のものとなってしまっている。

 ソマーヴィル東洋艦隊司令長官は夜間雷撃という唯一の必勝策が潰えたことを悟ると同時に自身の敗北を認めた。


 日本艦隊が仕掛けた三段索敵は間違いなく躱しきったはずだった。

 だがしかし、日本艦隊はこちらが予想だにしていなかった四段索敵を行っていたのだ。

 レーダーが敵機を発見したときにはすでに手遅れだった。

 日本艦隊に近づきすぎたために索敵密度が上がり、右にかわしても左にかわしても彼らが設定した索敵線に引っかかってしまうのだ。

 それでもわずかばかりの期待を込めて索敵線と索敵線の中間に艦隊を持っていった。

 だが、発見を免れることはできなかった。


 空母「インドミタブル」ならびに「フォーミダブル」は日本の索敵機から逃れられないと判断した時点で格納庫にあった戦闘機を飛行甲板にあげるとともに燃料・弾薬の補給、それからエンジンの暖気運転を開始した。

 ソマーヴィル長官は戦闘機の数に不安はあったが、雷撃機を防空戦闘に参加させるつもりはなかった。

 ウェーク島沖海戦当時、米空母部隊は艦隊防空の戦闘機不足を補うために最新鋭の急降下爆撃機を迎撃戦闘に参加させたという。

 だが、それらは一方的に日本の戦闘機に食われただけでほとんど効果をあげなかったらしい。

 最新鋭の急降下爆撃機でさえそうなのだから、古色蒼然とした複葉の雷撃機に同じようなことをさせればどうなるのかは火を見るよりも明らかだ。

 こうなれば戦闘機隊には敵の雷撃機のみを攻撃させ、急降下爆撃機は無視するしかなかった。

 ただただ、「インドミタブル」の装甲飛行甲板が敵の急降下爆撃機が投じる爆弾に耐えてくれることを期待するのみだ。


 一方、攻撃側の第一機動艦隊のほうは「赤城」と「加賀」、それに「蒼龍」と「飛龍」、そして「翔鶴」と「瑞鶴」の各空母から零戦と九九艦爆、それに九七艦攻が各六機の合わせて一〇八機からなる第一次攻撃隊を発進させていた。

 戦前の想定では帰投が日没以降になると考えられていたため、夜間でも離着艦ができる熟練搭乗員だけでこれら攻撃隊は編成されている。

 しかし、予想した時間よりも敵艦隊の発見が早かったために日没前に母艦に戻れる見込みだった。


 その第一次攻撃隊は敵機動部隊を視認する前に敵戦闘機の迎撃を受けた。

 一三機の編隊が二つ、こちらに向かってくる。

 そのいずれもが鼻先の尖った液冷発動機を搭載していた。

 おそらくはシーハリケーンかあるいはシーファイアのいずれかだろう。

 これらに対し、「飛龍」と「蒼龍」、それに「翔鶴」と「瑞鶴」の二四機の零戦が立ち向かう。

 「赤城」ならびに「加賀」の一二機の零戦は新手の敵に備え、そのまま九九艦爆や九七艦攻とともに進撃を続ける。


 第一次攻撃隊はその後、敵戦闘機の追撃を受けることもなく機動部隊を発見する。

 索敵機が報告してきた通り、二隻の空母を中心にその周囲を二隻の重巡と六隻の駆逐艦でとり囲む総勢一〇隻からなる輪形陣を形成した艦隊だった。

 第一次攻撃隊は事前の打ち合わせ通り、艦爆隊は空母を守る重巡と駆逐艦に、艦攻隊は二手に分かれ、それぞれ空母を狙った。




 夜間空襲部隊を直率するソマーヴィル長官は襲撃機動に遷移した日本の急降下爆撃機や雷撃機を見たときに不覚にも美しいと思ってしまった。

 編隊に乱れが無く、まるで航空ショーをみているかのようだ。

 各機の機動もなめらかで無駄な動きがない。

 日本の搭乗員たちが尋常ではない技量を持っていることが一目でわかった。

 真っ先に三機の急降下爆撃機が「インドミタブル」の右に位置する駆逐艦めがけて急降下を開始する。

 ソマーヴィル長官はその機動に意外な感を抱く。

 ウェーク島沖海戦で得た戦訓をまとめた米軍のレポートには日本の急降下爆撃機は単縦陣で同じようなコースをたどって一機ずつ急降下してくるから後の機体ほど狙いやすいとあったはずだ。

 あるいは、ここにきて日本軍は戦術を変えたのか。

 その急降下爆撃機の狙いは正確で、駆逐艦の左右に水柱が立ったと思った途端、炎と煙があがった。

 他の駆逐艦や巡洋艦も同様に命中弾を食らっており、そのいずれもが猛煙を噴きあげている。


 実はこのときすでに「インドミタブル」は「赤城」と「加賀」、それに「翔鶴」艦攻隊によって前方と左右を包囲されていた。

 迫りくる日本の雷撃機に対し、「インドミタブル」の両舷に装備された高角砲と機銃が応射を開始する。

 たちまち二機を墜としたものの、他の一六機の投雷を防ぐことは出来なかった。

 「インドミタブル」艦長は懸命の操艦で魚雷の回避にかかる。

 だが、一機艦の手練れが放った魚雷をすべてかわし切ることはできなかった。

 「インドミタブル」は六本を立て続けに被雷する。

 そのうちの四本までが右舷だったために一気に傾斜が強まり転覆、ソマーヴィル長官は「インドミタブル」とともに海の底へと沈んでいった。




 空母二隻撃沈、巡洋艦ならびに駆逐艦多数撃破の報を聞いてもなお一機艦の小沢司令長官は攻撃の手を緩めるつもりはなかった。

 ウェーク島沖海戦のときと同様、東洋艦隊を根絶やしにしてこそ英国とその国民に与えるインパクトは絶大なものとなるからだ。

 小沢長官は機動部隊の残存艦艇ならびに新たに発見した戦艦部隊との接触を絶やさぬよう、接触維持の機体の発進を命令する。

 明日ですべての決着をつけるつもりだった。

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