第36話 東洋艦隊
ゼロに近い可能性に賭けていたのは英首相のチャーチルだけでは無かった。
東洋艦隊司令長官のソマーヴィル提督もまた、ずっと祈っていた。
チャーチル首相の気性を考えればほとんど可能性のない撤退命令、それが来ることを。
だがしかし、彼の願いは通じなかった。
本国から東洋艦隊に下された命令はフリート・イン・ビーイングのそれではなくインド洋の絶対防衛だった。
だが、それでもソマーヴィル提督や東洋艦隊の将兵らにとって不幸中の幸いだったのは日本艦隊の来襲がこの時期になったことだ。
少し前までなら整備中の艦が多くてとても全力出撃は無理だった。
まあ、全力出撃といっても日本艦隊からみれば可愛いものだが、それでもフル戦力で戦えるだけでもずいぶんとマシというものだ。
夜間空襲部隊
空母「インドミタブル」「フォーミダブル」(戦闘機二六、雷撃機五〇)
重巡「コーンウォール」「ドーセットシャー」
駆逐艦六
水上打撃部隊
戦艦「ウォースパイト」「ラミリーズ」「リヴェンジ」「レゾリューション」「ロイヤル・サブリン」
軽空母「ハーミーズ」(戦闘機一〇、雷撃機七)
軽巡「エメラルド」「エンタープライズ」「ダナエ」「ドラゴン」
駆逐艦八
ソマーヴィル提督は自身の権限で東洋艦隊の編成を少しばかり変更していた。
夜間空襲部隊は高速で日本艦隊に肉薄する必要があるため、鈍足の戦艦「ウォースパイト」を従来の高速部隊の編成から外し水上打撃部隊に編入している。
旗艦についてはソマーヴィル提督は「インドミタブル」をこれに定めた。
夜間空襲部隊の働きこそがこの戦いの帰趨を決定づけると考えているからだ。
だが、それにしても使える飛行機が少なすぎるのが痛い。
三隻の空母を合わせても一〇〇機に満たないのだ。
一方の日本の機動部隊のほうは四五〇機から五〇〇機程度を運用していると見積もられているので、単純な数だけでいえば五倍の戦力差だ。
この戦力差を覆すには敵の艦上機が無力化される夜間に攻撃するしか無い。
だから、朝の早いうちは絶対に相手に見つかってはならなかった。
幸い、こちらには世界屈指の優秀なレーダーが装備されている。
それを活用し、敵索敵機を発見すると同時に舵を切ってやりすごしつつレーダーに映った航跡から敵艦隊の予測位置を割り出す。
そして、適切な時間に「ハーミーズ」から索敵機を放ち、日本艦隊の発見に努める。
夜間空襲部隊はそれまでに艦載機の攻撃可能圏内に接近し、「ハーミーズ」機からの発見の報を受けて夜間雷撃隊を発進させる。
夜間雷撃で敵空母に魚雷を食らわせれば艦が傾斜して艦載機の離発着はできなくなる。
うまく複数当てれば撃沈も夢ではない
日本の戦艦部隊の主力は「金剛」型なので、戦艦同士の戦いに持ち込めたらこちらが有利だ。
「金剛」型が三六センチ砲なのに対し、こちらはそのすべてを三八センチ砲搭載戦艦で固めている。
それに、元が巡洋戦艦の「金剛」型に比べてこちらは生粋の戦艦だから間違いなく防御力も優越している。
それになにより、ほかに妙案などなかった。
夜間空襲に臨む雷撃機は五機で一チームを作り、二機が照明隊で残り三機が雷撃を担当する。
「インドミタブル」と「フォーミダブル」はともに雷撃機は二五機を搭載しているので、各艦とも五チームを編成できる。
日本の空母は八隻乃至九隻と見込まれているから、うまくいけば全艦無力化できるかもしれない。
「うまくいけば、か」
今の想定はことがすべてうまく運んだらという前提だ。
その実現可能性は極めて低い。
そのようなことを考えているソマーヴィル提督の耳に、レーダーオペレーターの緊張を含んだ声が飛び込んでくる。
「レーダーに感。方位八〇度、距離一二〇キロ」
どうやら、日本艦隊が索敵を始めたらしい。
双方の索敵戦が静かに進む中、ソマーヴィル提督は胸中で日本艦隊の指揮官に称賛を送っていた。
並の指揮官ならおそらく二段索敵だけで済ませただろうそれを、だがしかし日本の指揮官は三段索敵を敢行したのだ。
情報の価値というものをよく知っている。
さすがは我が大英帝国海軍の弟子といったところか。
だが、それでも三段索敵についてはこちらもまた彼らがそうするであろうことは想定していた。
だから、レーダーで敵第一波の索敵機を回避しつつ進出距離を確認、第二波ならびに第三波の索敵機についてはその進出予想距離の外側でやり過ごした。
日本の索敵機は優秀で、常に前の機体が飛んだ跡をなぞるように飛来してくる。
このため、その索敵機の動きから日本艦隊の方位とその速度を見積もるのは容易だった。
「優秀なのも良し悪しだな」
ソマーヴィル提督は卓越した技量を持つ搭乗員を数多く抱える日本の機動部隊指揮官に少しばかりの羨望を抱きつつ、一方で皮肉を口にする。
日本の索敵網をかいくぐったと判断した夜間空襲部隊は日本艦隊へ距離を詰めるべく二七ノットに速度を上げる。
だが、ソマーヴィル提督はまだ理解していなかった。
小沢長官の索敵にかける執念を。
そして、ソマーヴィル提督自身が彼の仕掛けた罠に向かって突撃していることを。
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