第33話 第一機動艦隊

 昭和一七年四月一日、連合艦隊は大規模な編成替えを行った。


 戦艦を主力とする砲戦部隊の第一艦隊と、重巡ならびに水雷戦隊を基幹とする夜戦部隊の第二艦隊を解隊し、空母中心の編成としたのだ。

 つまり、これは帝国海軍が長年にわたって研鑽を積み重ねてきた漸減邀撃作戦の放棄を意味した。

 もちろん、このことについては鉄砲屋を中心に反対の声も大きかった。

 米海軍は昨年のうちに「ノースカロライナ」ならびに「ワシントン」の二隻の新型戦艦を就役させていたし、今年に入ってからはさらにその二隻を上回る「サウスダコタ」級戦艦を続々と完成させている。

 これら戦力に対抗するために、こちらもまた水上打撃部隊の維持は不可欠だというのが鉄砲屋の主張だった。


 しかし、マレー沖海戦やフィリピン航空撃滅戦、それにウェーク島沖海戦といった近代海戦においては航空優勢を獲得した側が常に勝利を収めており、その事実の前にはそういった反論も意味を成さない。

 それでも、いささか衰えたとはいえ鉄砲屋は相変わらず帝国海軍内では無視できない勢力と影響力を維持していたから、軍神となった山本長官といえども彼らの意志を無碍には出来なかった。

 結局、山本長官は水上打撃部隊である第五艦隊を新たに編組することで一応の解決を図っている。


 だが、山本長官はその裏で鉄砲屋の権勢を削ぐためにそれなりの手を打っていた。

 献策したのは金満提督だった。

 彼の助言を受け入れた山本長官はまず、第二戦隊の「伊勢」と「日向」、それに「山城」と「扶桑」の四隻の戦艦を空母へと改造することにする。

 戦艦が空母とその艦上機の敵ではないことはウェーク島沖海戦で証明されていたから、この措置に関しては鉄砲屋も大っぴらには反対出来なかった。

 それに、改造にかかる一切の費用は金満提督が出資するから、予算面での反論も出来ない。

 そして、これら戦艦は昭和一七年二月時点ですでに空母改造工事に着手しており、いずれも昭和一八年半ばまでにその工事が完了する見込みとなっていた。

 第二戦隊の四隻とは別に、第一戦隊の「長門」と「陸奥」の二隻もまた空母改造候補として俎上にのぼっていた。

 しかし、長年にわたって国民に親しまれた両艦を空母にするのはさすがに憚られたこと、さらに資材や造修施設の限界もあってこちらのほうは沙汰止みとなっている。

 その代わりに「長門」と「陸奥」の両艦は第二戦隊として連合艦隊の直属とした。

 山本長官としてはこの二隻は主力ではなく便利使いする腹だった。


 戦艦改造空母とは別に、商船改造の「隼鷹」と「飛鷹」、それに潜水母艦改造の「龍鳳」がいずれも完成間近となっている。

 これら三隻はいずれも完成と同時に第四艦隊に編入され、夏までにその戦力化が予定されていた。

 さらに、水上機母艦の「千歳」と「千代田」もまた空母への改造を進めている。

 両艦はウェーク島沖海戦が終わってからすぐに空母改造工事に入っており、昭和一七年一一月にその工事が完了するはずだった。


 編成については第一艦隊ならびに第二艦隊とともに第一航空艦隊もまた解隊され、所属していた空母は新編される第一機動艦隊傘下の第一から第四までのいずれかの艦隊に編入される。

 第一機動艦隊は四個機動艦隊と一個水上打撃艦隊、それに一個補給艦隊からなる。

 機動艦隊は三隻の空母を基幹とし、それを重巡と駆逐艦が主体の二個戦隊で守る編成となっている。

 開戦劈頭に生起したウェーク島沖海戦では八隻の空母を一つの艦隊にひとまとめにしていたが、これはあまりにもその数が多すぎた。

 空母の数が多すぎると艦隊運動に極めて大きな掣肘がかかるし、なにより一度にまとめてやられてしまう危険があった。

 それらを避ける意味でも空母の分散化は必要だった。


 艦上機ついては母艦ごとに固有だった機体とその搭乗員を母艦航空隊の元で一元管理することに改められていた。

 これは、陸軍の空地分離方式を空母にも採用したもので、ウェーク島沖海戦と豪州作戦での極端な戦闘機比率の変更に母艦固有方式では対応できなかったことが教訓となっている。

 また、潜水艦部隊だった第六艦隊は潜水艦隊として独立、時を同じくして連合艦隊司令部に潜水参謀が設けられた。


 そして、今後激化することが予想される敵の通商破壊戦に備え、連合艦隊と同格の海上護衛総隊が発足する。

 海上護衛総隊は連合艦隊から多数の旧式軽巡や練習巡洋艦、それに旧式駆逐艦をもらい受け、さらに海防艦や駆潜艇などの小艦艇の多くもまたその傘下に収めている。

 単純な艦艇の数だけでいえば連合艦隊のそれを遥かにしのぐ規模だ。

 その海上護衛総隊については連合艦隊の、もっと言えば山本長官の権勢増大を嫌った軍令部が海軍省に手を回して発足させたという噂もあった。


 人事については、旧一航艦司令長官の南雲中将が水雷学校長へと転任する。

 水雷学校長は本来であれは少将が就くべき職階なのだが、若手の育成と魚雷の不発や早爆の根絶に海軍人生を捧げたいという南雲中将たっての希望でこの人事となったらしい。

 新編の一機艦司令長官には旧一航艦空襲部隊司令官の小沢中将が就任、第一艦隊司令長官も兼任する。


 開戦以降、その拡大が続く基地航空隊の飛行隊は固有名詞の隊名を廃し、番号名をもってその名称とすることとしている。



 第一機動艦隊


 第一艦隊

 第一航空戦隊 空母「赤城」「加賀」「龍驤」

 第八戦隊 重巡「利根」「筑摩」

 第一一戦隊 重巡「青葉」 駆逐艦「陽炎」「不知火」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」


 第二艦隊

 第二航空戦隊 空母「蒼龍」「飛龍」「瑞鳳」

 第六戦隊 重巡「熊野」「鈴谷」

 第一二戦隊 重巡「衣笠」 駆逐艦「初風」「雪風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」


 第三艦隊

 第三航空戦隊 空母「翔鶴」「瑞鶴」「祥鳳」

 第七戦隊 重巡「最上」「三隈」

 第一三戦隊 重巡「古鷹」 駆逐艦「浜風」「谷風」「野分」「嵐」「萩風」「舞風」


 第四艦隊

 第四航空戦隊 空母「★隼鷹」「★飛鷹」「★龍鳳」

 第五戦隊 重巡「妙高」「羽黒」

 第一四戦隊 重巡「加古」 駆逐艦「霞」「霰」「秋雲」「夕雲」「★巻雲」「★風雲」


 第五艦隊

 第一戦隊 戦艦「大和」「★武蔵」

 第三戦隊 戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」

 第四戦隊 重巡「愛宕」「高雄」

 第一五戦隊 重巡「摩耶」 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」


 第七艦隊

 第一七戦隊 重巡「那智」 駆逐艦「秋月」「照月」「涼月」「初月」

 ※他に一個戦隊を編入予定


 (★は編入予定。四月一日時点で建造中または訓練中)

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