第30話 (閑話)ある日の提督そのニ
金満提督は豪州との講和に向けた組織内の調整役やその他諸々で溜め込んだストレスを発散すべく、母艦練習航空隊に来ていた。
そこで教官らに依頼していた編隊機動演習の結果と、新型零戦の話を聞いている。
彼らの脇には二二型ならびに三二型と呼ばれるであろう新型零戦の試作機が並んでいた。
ざっくり言えば、二二型は航続性能重視の進攻タイプ、三二型は速度性能重視の迎撃タイプとして開発が進められている機体で、航空本部の伝手を頼りに金満提督が母艦練習航空隊に何機か回してもらったものだ。
もちろん、金の力で。
その金満提督は以前、ウェーク島沖海戦が終わった直後に搭乗員らから戦訓の聞き取り調査をしていた。
その際、戦闘機隊の三機一個小隊という編成が現代の空中戦の実情に対応できていないのではないかという疑問を持った。
それと、上官批判ととられるのを覚悟のうえで提言してくれた下士官搭乗員の勇気にも報いなければならないという気持ちもあって、いろいろと動き回っていたのだ。
「三機一個小隊ですと、二番機と三番機は左右のどちらか一方に位置取りを拘束されてしまいます。そうなると若年搭乗員は長機の機動についていくのが精いっぱいになってしまって周りへの警戒がどうしてもおろそかになってしまいます。ですので、自由度の高い二機編隊、そしてそれを互いにカバーしあう四機一個小隊が現実的ですね。ドイツでいうところのシュヴァルムってやつです」
調べ物をするときは札束の力で他人に面倒を押し付ける傾向の強い金満提督と違い、自身が研究熱心なその教官は実験結果とともにその学習の成果を披露する。
シュヴァルムってなんとなく語感がいいなという感想はさておき、金満提督は「中隊は何個小隊になる」と問う。
金満提督は部下にものを尋ねるときは軍人口調になることが多い(もともと軍人なのだが)。
時間の節約もあるが、なにより真剣さのアピールのためだ。
「上空直掩などのローテーションを考えれば三個小隊で一個中隊、つまり一二機が理想ですが、小型空母の場合は収容できる機数に限度がありますから二個小隊八機というのもありでしょう」
教官の提言を耳に入れつつ、金満提督は先ほどから気になってしょうがない新型零戦に話を向ける。
「新型零戦、それも二二型について話を聞きたい。まず、速度性能はどうか」
「九四〇馬力から一一三〇馬力へと出力が二割ほどアップしましたが、一方で機体重量も増加していますので二一型に比べて最高速度や上昇力が顕著に向上したという実感はありません。ただ、水平面での加速はわずかですが良くなったように思います。残念なのは降下制限速度が二一型とほとんど変わらないところですね。これからの空戦は横の戦いよりも縦の戦いになるというのに」
「運動性能についてはどうか」
「二一型より少し落ちたと感じましたが、それでもF4Fよりはまだまだ上でしょう」
「防御はどうか」
「これはメーカーからの受け売りになりますが、燃料タンクは陸軍と同等レベルになったそうです。搭乗員の背後を守る鋼板も二一型に比べ厚くさらに広くなっています。自動消火装置も開発が間に合えば取り付けたい意向のようです。防弾ガラスについては至近距離から放たれる一二・七ミリ弾はきついものの七・七ミリ弾であれば十分に耐えられるとのことです」
ウェーク島沖海戦で敵の戦闘機に対して圧倒的に優勢だったはずの零戦が、一方で意外に被害が出た原因のひとつとして敵の急降下爆撃機や雷撃機の後部機銃がその理由に挙げられた。
航空機に対しては非力といわれる七・七ミリクラスの機銃でも、人に当たれば容易に致命傷になりうるのだ。
だが、こんな小さな弾ひとつで貴重な搭乗員を失うわけにはいかない。
防弾ガラスの採用による少々の重量増加など、搭乗員の安全を思えば些末な問題だった。
「武装はどうか」
「二〇ミリ機銃は長銃身のものに変わりました。初速が早く弾道が低伸するので命中率は間違いなく向上するでしょう。装弾数が六〇発から一〇〇発に増えたのもありがたいですね。まあ、贅沢を言えば二〇〇発程度は欲しいのですが、こちらはベルト給弾式の開発待ちの状況です。あと、機首機銃ですが、こちらは非力な七・七ミリのままとなっています。まあ、無いよりはマシといったところでしょう」
「機首機銃なあ。両翼の二〇ミリ機銃のほうは弾があっという間に無くなってしまうし、そのあと七・七ミリ機銃だけで戦い続けるのはつらいよなあ。かと言って機首機銃を二〇ミリにするわけにもいかんしなあ」
金満提督も零戦の武装に対して問題意識はあるものの、現実とのすり合わせを無視するわけにもいかない。
零戦の小さな機首に二〇ミリ機銃を装備するのが無理筋なことは理解していたし、仮に搭載出来たとしても装弾数は極めて限られたものになるはずだ。
「これは、陸軍にいる知り合いから聞いたのですが、陸軍の『隼』の機首機銃、彼らの言うところの機関砲は一二・七ミリだそうです。ほぼ同じエンジンを積んだ零戦にも載るのではないでしょうか。そいつによると元になったのは米国の機銃で、細かい不具合はあるものの、なかなかに使える機銃だそうです」
教官の米国の機銃という言葉が金満提督の琴線に触れるどころかぶち切った。
「米国製の一二・七ミリ機銃といったらアレじゃないか。海軍ではまだ試作段階でしかない一三ミリクラスの航空機銃を陸軍はすでに実戦投入していたのか!」
次の瞬間、金満提督の目が怪しく輝く。
彼の脳内では陸軍の関係者を札束でひっぱたく算段が開始されていた。
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