第29話 豪州脱落


 ブリスベン壊滅の報を受けた豪政府と豪軍は恐慌状態だった。

 そこにとどめをさすかのようなタイミングで日本からの攻撃予告が来る。

 次の目標は豪州最大の都市シドニーであると。

 豪軍は慌てて豪州北部に展開していた航空機を可能な限りシドニー近郊の飛行場に呼び集めた。

 豪空軍関係者の懸命の努力で戦闘機と爆撃機それぞれ一〇〇機以上を日本艦隊が現れるまでになんとか展開し終えることが出来た。

 だが、飛行機は搭乗員と機体があればそれでいいというわけではない。

 メンテナンスや補給をしなければ空を飛ぶことは出来ない。

 特に機体に長距離飛行の無理を強いたあとは、かなりの確率で不具合が出る。

 日本との戦端が開かれてからは、当然のことながら豪軍の優秀な整備員や兵器員の多くは豪州北部あるいはポートモレスビーに配属されている。

 しかし、日本艦隊の進撃が急で時間が無かったことや搭乗員と飛行機の手配を優先したこと、それに輸送機をブリスベン救援のために振り向けなければならず、そのためにわずかな人数の整備員しか連れてくることが出来なかった。

 それでもシドニー近郊にある飛行場の整備員らと協力し、彼らは不眠不休で可能な限りの点検と補給を続けた。

 搭乗員もまた、飛べる機体については多少の不具合があってもそれに目をつむって出撃していった。

 国を、なにより市民を守るために。

 そして、彼らは二度と帰ってこなかった。

 反撃する術を失ったシドニーは、ブリスベンと同じ運命をたどった。




 「なぜ、こうなった」


 重苦しい空気の中、気の滅入る決断を下した会議を終え、一人になった豪首相は小さくつぶやく。

 昨日、シドニーを廃墟にかえた日本艦隊はその後も南下を続け、このまま行くと二日後にはメルボルン沖に現れただろう。


 「何者なのだ」


 日本軍、それも海軍の中枢で何かが起こっている。

 豪州は強国が好き勝手にふるまう悪意に満ちたこの世界で生き残るべく、諜報活動に力を入れてきた。

 情報収集やその分析に関しては、はるかに規模の大きな軍隊を持つ日本よりも明らかに優れている。

 戦前から日本の手の内は読み切っていた、はずだった。

 日本軍はフィリピンを叩き、南方の資源地帯を奪取した後はその矛先を豪州に向けてくる。

 ラバウルに橋頭保を築き、ポートモレスビーあたりまで進出して豪米連絡線を断ち切ろうとしてくるだろう。

 だが、それは豪州としては思う壺だった。

 延びきった補給線は輸送船の格好の狩場となるし、日本軍が航空撃滅戦を仕掛けてくるならば米国の物量を後ろ盾に適当にあしらっておけばいい。

 豪州北部に住む市民は怖がるかもしれないが、豪州の国力と軍事力を考えれば、不本意ではあるが防御戦術を取るのも致し方ない。

 それでも、少しの間辛抱し、時を待てばよかった。

 あとは戦備を十分に整えた米軍がやってきて、日本軍を駆逐してくれるのをただ眺めていればいいのだ。


 だが、いつまでたっても日本軍はラバウルを攻める気配を見せなかった。

 それが突然、豪州の懐深く、思いもしなかったところに徹底的な攻撃を仕掛けてきた。

 戦艦の艦砲射撃によってシドニーとブリスベンという豪州一位と三位の都市が灰燼に帰した。

 このことで、いきなり人口の三割が難民と化してしまう。

 現在、空路と陸路を使い、軍民問わず懸命の救援活動が続けられている。

 米軍も艦隊を出動させなかった後ろめたさと豪州が連合国陣営から脱落するのを恐れてか最大限の援助をしてくれている。

 しかし、あまりの難民の多さにそれらは焼け石に水の状態だった。

 不幸中の幸い、鉄道がほとんど無事なのはありがたかった。

 破壊された市街の部分が復旧すれば、鉄路を使って大量の物資を輸送することができる。

 だが、問題は水や食料といった物資だけではなかった。

 考えてみればいい。

 数百万の都市住民がトイレと下水を失ったらどうなるか。

 一気に衛生状態が悪化して間違いなく疫病が蔓延するだろう。

 薬や消毒剤などといった衛生に関わる物資とともに軍医や衛生兵、役所の衛生課の人間、他の都市の医師や看護婦を早急に送り込み、疫病の発生を抑え込まなければならない。

 それら物資の最大の供給元が、次に日本艦隊が目標にしている豪州第二の都市メルボルンだった。

 もし、メルボルンまでが壊滅したら、シドニーとブリスベンを合わせて豪州の半数近い市民が難民と化す。

 それとともに、最大の援助物資の供給源を失ったシドニーは、数十万単位で市民が死ぬことになるだろう。

 そして、今の豪州にメルボルンへ進撃する日本の艦隊を止める力は無い。

 考えるまでもなかった。

 人口の三割が難民と化した時点で、豪州はすでに戦争を続ける力は無かったのだ。

 市民の死を無視すれば継戦は可能だが、それはもはや近代国家とは言わない。


 「それにしても、誰なのだ」


 このような悪魔的な発想ができる日本の軍人は。

 日本海軍の作戦を司る軍令部の要人のプロファイルはすべてそろっている。

 常識的な作戦を志向する者たちばかりで、良く言えば堅実、悪くいえば凡庸な連中だった。

 それが、殴りかかるそぶりさえ見せていなかったのが、いきなり豪州の人口密集地帯という心臓部を一突きにしてきた。

 そして、日本艦隊という通り魔の一刃によって豪州は即死した。

 ノックの音で思考は中断された。

 秘書官が豪首相に告げる。


 「日本から単独講和の受諾について、了解したと先ほど連絡がありました」


 この日、連合国陣営から豪州が脱落した。

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