第28話 艦砲射撃

 「戦艦一に重巡が六、あとは軽巡と駆逐艦か」


 海に面した市街地の一角で、地元新聞社でカメラマンとして働いている男がつぶやいた。

 給料半年分で買った命より大事なカメラと望遠レンズを持つ男は軍の避難勧告を無視、海上に並んだ日本の軍艦をレンズ越しに見ている。

 市街地に人の気配はなかった。

 警察や消防、それに軍人を除けば今ここに居るのは自分とあとは命知らずの火事場泥棒くらいのものだろう。

 男は今ふうに言えばミリオタあるいは撮り艦だった。

 軍艦のなかでも特に戦艦が好きで、値は張るが某海軍年鑑は毎年欠かさず購入している。


 「ここに来て正解だった」


 レンズ越しに瞳に映る戦艦は見たことのない艦型だった。

 巨大な三連装砲塔が前に二つ、後ろに一つ。

 男が知る限り、日本の戦艦で三連装砲塔を持つものはない。

 軍縮条約明けに建造された、つまりは間違いなく新造戦艦だ。

 やはり重巡とはボリューム、なにより格が違う。

 だが、一方で拭い難い違和感があった。

 原因は戦艦のとなりにある重巡だった。

 日本の重巡であんな形をした艦があったのか、どう記憶をまさぐっても該当する艦型が出てこない。

 男は気になって重巡にピントを合わせて確認した。

 思わず息を飲んだ。

 よく見れば、それはよく知っている戦艦だった。

 かつて世界のビッグセブンと謳われたうちの一隻。

 まさかと思い、順番に隣の艦から確認していく。


 「『長門』型戦艦二隻に『金剛』型戦艦四隻だと!」


 男は慌ててカメラとレンズをかばんに入れると同時にわき目もふらずに駆け出した。

 自分は勘違いしていた。

 これは日本の新型戦艦によるブリスベン市民への示威行動だとばかり思っていた。

 いかに強大な新型戦艦であろうとも、わずか一隻だけで街を焼き尽くすことなど不可能だからだ。

 重巡もまた高い砲撃能力を持つが、しかしその砲弾重量はせいぜい一二〇キロ程度でしかない。

 六〇〇キロから重いものでは一トンを超える戦艦のそれに比べれば、その破壊力と打撃力は天と地ほどの差がある。

 だが、一方で戦艦が七隻もあれば話は違ってくる。

 都市を焼き尽くすには十分な火力だ。

 つまるところ、日本人というのはこちらが想像していたよりも遥かにえげつない民族だったのだろう。

 男は思う。

 ここに来たのは大きな間違いだったのだと。

 そしてこうも思う。

 ブリスベンも自分も今日で最期かもしれないと。

 男には「長門」型戦艦を遥かに上回るあの巨大戦艦が魔王にさえ思えた。




 ブリスベンへの砲撃は三時間ほどで終わった。

 戦艦部隊が砲撃している間、市街地上空では零式水観と零戦が着弾観測とその護衛に、海上では零式水偵と同じく零戦が対潜哨戒と上空直掩にあたり戦艦部隊に鉄壁の守りを提供していた。

 また、反撃を試みた陸上砲台に対しては、その頭上から九九艦爆や九七艦攻が容赦なく爆弾の雨を降らせている。

 そのなかで「大和」は一八〇発、「長門」と「陸奥」はそれぞれ一六〇発、四隻の「金剛」型戦艦もそれぞれ一六〇発の主砲弾をブリスベンの街へ叩き込んでいた。

 砲撃は各艦の砲弾が同じ場所に落ちないよう、あらかじめ街を碁盤の目のように区切り、艦ごとに担当区画を決め、それにひとつひとつ撃ち込んでいった。

 高速で動き回る敵艦を目標に訓練を続けてきた将兵にとって、動くこともなく反撃さえしてこない陸上の目標に対する砲撃は正確を極めた。

 さらに戦艦部隊を護衛していた「最上」型重巡も、敵の反撃が無いことが確認されてからは砲撃に加わり、こちらは各艦二〇〇発を撃ち込んでいる。

 そのことで、ブリスベンの街には一〇〇〇トンをゆうに超える鉄と火薬が撃ち込まれた。

 これは九七艦攻に八〇〇キロ爆弾を、九九艦爆に二五〇キロ爆弾を装備して、各一〇〇〇機が爆撃したに等しい。

 砲撃は容赦が無く、軍事施設や港湾施設はもとより工場や商店、住宅さえ例外なく爆砕された。

 街は炎と煙に席巻された。

 火災による熱と煙で担当空域に近づけず、着弾観測が出来ない観測機まで出てくる始末だ。

 このため観測機無しで砲撃せざるを得なくなった艦もあった。

 敵の爆撃機による反撃はなかった。

 爆撃機はあったのかもしれないが、仮にあったとしても少数だったのだろう。

 出撃したとしても零戦が多数警戒する中では近づくことさえ出来なかったはずだ。

 砲撃が終わった後もブリスベンの街は煙に包まれていた。

 時折、赤い光が見えるが、何かが炎上あるいは爆発しているようだ。




 七隻の戦艦の乗組員はブリスベンへの砲撃が成功にしたのにもかかわらず、喜びという感情はさほど湧いてこなかった。

 戦艦の持つ圧倒的な破壊力と、その戦艦に攻撃されるのはどういうことなのかを身に染みて思い知らされたからだ。

 ふだんは戦艦ごとき、肉薄雷撃でいちころだと思っていた一航艦司令長官の南雲中将も声が出ない。

 その南雲長官が後に「大和」艦長に聞いたところによると、これでもまだ各艦ともに二割程度の砲弾しか消費していないということだった。

 ただ、「大和」艦長が言うには、ここまで効果があがったのは使用した砲弾が都市や飛行場破壊を意識した新型榴弾に依るところが大きいのだという。

 従来、帝国海軍は戦艦が使用する砲弾について、徹甲弾や対空榴散弾といった艦隊決戦に有用な弾種の開発には熱心だったが、一方で対艦戦闘に不向きな榴弾の整備は二の次とされていた。

 しかし、戦前から戦艦同士による艦隊決戦に懐疑的だった金満提督は戦艦の新しい用法として都市を破壊する「戦略砲撃」というものを考案しており、そのために必要な榴弾の開発資金も彼が拠出していたのだという。

 そして、その投資が報われたのが今回のブリスベン砲撃なのだろう。

 新型榴弾がどれほど効果的だったのかについては南雲長官にははっきりとは分からないものの、それでも戦艦が持つ大口径砲弾の破壊力がどれほどすさまじいものなのかはその身をもって実感していた。



 ブリスベンへの砲撃を終えた一航艦はそのまま進路を南にとった。

 その向かう先には豪州最大の都市があった。

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