第27話 豪本土空襲

 トラック島を発ってから一〇日目、第一航空艦隊の空襲部隊はブリスベンの東一七〇キロの海上にあった。

 一航艦はトラック島を出てからしばらくの間は進路を東北東にとり、ハワイへ向かう偽装航路を進んだ。

 夜になってからは一転して南下、その後ソロモン諸島を大きく東へ回り込み珊瑚海に進入する。


 日本艦隊の目標が豪本土だと知った豪軍は索敵機を出して日本艦隊の発見に努めた。

 しかし、未帰還機が続出して日本艦隊の正確な所在はつかめずじまいだった。

 豪軍は知らなかったが、一航艦は電探で索敵機を発見するたびに零戦二個小隊をもって迎撃していた。

 そして、電探と航空無線を活用して零戦を誘導、相手の退路を断ち、挟み込むようにして撃破していったのだ。

 このため豪軍は一航艦の正確な位置を特定することが出来ず、それゆえに一航艦の目標が北部の「ケアンズ」か「タウンズビル」もしくは「マッカイ」なのか、あるいは中部の「ブリスベン」なのかが絞り切れずにいた。


 ただ、なんにせよ「ブリスベン」を攻撃されるのだけはまずい。

 「ブリスベン」は「ケアンズ」や「タウンズビル」それに「マッカイ」とは人口が一ケタ違う豪州第三の都市なのだ。

 ここを日本艦隊に攻撃されて、もし大きな被害が出るようなことがあれば豪国民が受けるショックは計り知れない。

 そこで豪軍は万一に備え、豪州北部に展開していた戦闘機隊の一部を「ブリスベン」近郊の飛行場に進出させる。

 その豪軍の努力をあざわらうかのように日本本国から豪政府に無電が届いた。


 「明朝、夜明けと同時に『ブリスベン』を攻撃する。避難の済んでいない市民は本日中に海岸から四〇キロ以上離れよ。

 海岸付近に居る者に関してはその生命と安全は保障出来ない」




 日本本国から豪政府に対して警告が通達されたことは一航艦でも確認していた。

 その一航艦は「ブリスベン」から東へ一五〇キロ地点に水上打撃部隊、その東一〇キロに補給部隊、さらに東一〇キロに空襲部隊を配していた。

 補給部隊を間に挟み、敵の航空機や潜水艦、それに水上艦艇からの脅威を水上打撃部隊と空襲部隊で守る形だ。

 一航艦の空襲部隊司令官の小沢中将は夜明けと同時に零戦隊を発進させた。

 二航戦の「蒼龍」と「飛龍」から三六機、五航戦の「翔鶴」と「瑞鶴」から五四機、四航戦の「龍驤」と「瑞鳳」それに「祥鳳」から三三機の合わせて一二三機が西の空へと飛び立っていく。

 距離が近いので誘導機はつけない。

 同時に小沢司令官は艦隊の全周に向けて索敵機を放つ。

 米艦隊であれ英艦隊であれ、奇襲は絶対に受けるつもりはないという小沢司令官の決意の表れであった。




 P40を操縦する豪空軍パイロットの少尉は太陽を背にした一〇〇機を超える大編隊をすでに視認していた。

 こちらの戦力は豪州北部から助っ人として駆け付けたP40が三六機、それに「ブリスベン」近郊からかき集められたP36やP40などの新旧雑多な戦闘機が三八機の計七四機。

 相手の半分程度だ。


 「ふざけた連中だ」


 少尉は心底そう思う。

 連中は昨日、ここを攻撃すると予告してきたのだ。

 小国とはいえ豪州をなめるのにもほどがある。

 少尉は後ろを飛ぶ相棒の二番機に小さくバンクし、ついてくるように合図する。

 傲慢極まりない連中相手にきついのを一発お見舞いしてやるつもりだった。


 一方、地上では市街に残った住民がいないかの確認のために軍や警察の担当者が巡回していた。

 そのうちの一人、陸軍の伍長は少し離れたところで偶然、日豪戦闘機隊の空戦を見る羽目になった。

 戦闘が始まったと思った瞬間にはもう十数本の細い煙が地上に向かって伸びていった。

 最初はどちらが優勢なのか分からなかった。

 少しして、こちらに向かって二機の戦闘機が飛んでくるのが目に映る。

 その後ろを三機の戦闘機が追いかけている。

 最初に飛んできた二機のうちの後ろの一機が火を噴いて墜落していった。

 そして生き残った一機が伍長の頭上を駆け抜けていく。

 そのすぐあと、伍長は追いかけてきた三機の戦闘機の胴体と翼に赤い丸があるのを見た。

 ほどなく、空戦は終了した。

 一〇〇機を超える戦闘機が悠然と市街上空を旋回している。

 そのすべてが友軍戦闘機を落としたやつと同じ形をしていた。




 午前中におこなわれた「ブリスベン」市街上空での空中戦で一航艦の零戦は敵機六〇機以上を撃墜したものの、一方でこちらも零戦五機を失い二三機が被弾損傷していた。


 「撃墜比率は申し分ないのだがな」


 小沢司令官は顔を曇らせる。

 撃墜された五機の零戦のうちの四機までが初陣の若年搭乗員だったからだ。

 今次作戦の戦闘機集めに奔走した金満提督からはくれぐれも若年搭乗員のことをよろしく頼むと言われてはいたのだが・・・・・・


 「戦争だ。仕方あるまい」


 小沢司令官は割り切るとともに思考を切り替える。

 零戦隊と同時に出した索敵機はいずれも敵艦隊を発見することはなかった。

 午後の早い段階でもう一度索敵を行うが、それでも見つからなければ空襲部隊の本日の任務は日没までの上空直掩と対潜哨戒を除けば九九艦爆と九七艦攻が敵砲台群へ空爆を仕掛けるくらいだ。

 午前中は戦闘機隊が主役だったが、午後は水上打撃部隊が表舞台に立つ。


 「開戦から三カ月、ようやく鉄砲屋の出番か」


 小沢司令官は七隻の友軍戦艦に思いをはせた。

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