第26話 日本からの挑戦状

 昭和一七年二月下旬、豪州の心臓部を「一突き」にする作戦に参加する艦艇がトラック島に集まっていた。

 主力となるのは開戦劈頭のウェーク島沖海戦で太平洋艦隊を撃滅した第一航空艦隊だ。

 ウェーク島沖海戦のときと同様、空母を中心とした空襲部隊ならびに戦艦や重巡を基幹とする水上打撃部隊の二つに分かれている。

 さらに、哨戒隊や要地偵察隊として複数の伊号潜水艦がすでに豪州東岸を中心に配備されていた。



 第一航空艦隊


 空襲部隊

 第二航空戦隊 「蒼龍」「飛龍」(零戦七二、九九艦爆一八、九七艦攻二四)

 第五航空戦隊 「翔鶴」「瑞鶴」(零戦九〇、九九艦爆一八、九七艦攻三六)

 第四航空戦隊 「龍驤」「瑞鳳」「祥鳳」(零戦八七)

 第八戦隊 重巡「利根」「筑摩」

 空襲部隊付属

 軽巡「川内」

 駆逐艦「雪風」「初風」「天津風」「時津風」「浦風」「磯風」「浜風」「谷風」「秋月」「照月」「涼月」「初月」


 水上打撃部隊

 第三戦隊 戦艦「比叡」「霧島」「金剛」「榛名」

 第七戦隊 重巡「熊野」「鈴谷」「最上」「三隈」

 水上打撃部隊付属

 軽巡「那珂」「神通」

 駆逐艦「朝潮」「大潮」「満潮」「荒潮」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峯雲」「霞」「霰」「陽炎」「不知火」「黒潮」「親潮」「早潮」「夏潮」

 (臨時編入)

 第一戦隊 戦艦「大和」「長門」「陸奥」


 補給隊

 駆逐艦「野分」「嵐」「萩風」「舞風」「秋雲」「夕雲」

 油槽船一八

 (臨時編入)

 特設空母「春日丸」(零戦一二、九七艦攻九)

 第五戦隊 重巡「妙高」「羽黒」



 空襲部隊は、ウェーク島沖海戦で被弾損傷した空母「赤城」ならびに「加賀」が修理中のために不参加だが、その一方で新しく空母「祥鳳」が加わっている。

 それらが搭載する艦上機は戦闘機が主体だ。

 この編成は、太平洋艦隊が壊滅してからまだ二カ月ほどしか経っていないこと、さらに艦隊決戦が生起する可能性が低いことに加え豪本土にある陸上機から艦隊を防衛するための措置だ。

 英艦隊が現れる可能性については極めて低いと予想されるが、それでも万一に備えて最低限の艦爆と艦攻は用意している。

 砲戦部隊には第一戦隊の戦艦「大和」と「長門」、それに「陸奥」が臨時編入された。

 今回の作戦は、破壊する目標が広範かつ巨大であり、第三戦隊の四隻の「金剛」型戦艦だけでは火力が不十分だと判断されたことによる編組だった。

 「大和」は就役してから日が浅く乗組員の訓練も十分ではないのだが、目標が高速で動く艦艇ではないということで今回の作戦に参加している。


 補給部隊もその規模が大きいため、防空と対潜哨戒のために特設空母「春日丸」が、さらに敵水上艦艇の襲撃に備えるべく重巡「妙高」と「羽黒」が臨時に加わっている。

 ウェーク島沖海戦のときと違って山本連合艦隊司令長官の割り込みが解消されたため、一航艦司令長官の南雲中将が全体の指揮を執る本来の姿に戻っている。


 その南雲長官は旗艦「大和」で水上打撃部隊の指揮を行う。

 旗艦が従来からの「比叡」ではなく、臨時編入の「大和」に変更されたのは「大和」の通信設備がどの艦艇よりも優れているから、というのは建前だった。

 実は南雲長官が戦艦「比叡」艦橋の空気に耐えられなかったからだ。

 「比叡」以下四隻の「金剛」型戦艦からなる第三戦隊はウェーク島沖海戦で主砲はおろか高角砲や機銃にいたるまで一発も撃つことがなく、つまりはまったく活躍できなかった。

 格下の巡洋艦や駆逐艦が魚雷で米艦を次々と沈めているのをただ眺めているしかなかったのだ。

 第三戦隊司令部がため込んだ鬱憤は相当なものだったようで、今でも南雲長官を見る目は好意的に見ても温かいものではない。

 南雲長官としては自分が立てた作戦じゃないと言いたかったのだが、言ったところでどうにもならない。

 そのことで、南雲長官は案外自分は気が弱いのだということに気づく。

 もし、開戦前に山本長官から示唆された真珠湾奇襲を本当に実行しなければならなかったとしたら不安で夜は眠れなかったかもしれない。

 そういうことで旗艦を「大和」にしたのだが、これは大正解だった。

 これまでの海軍艦艇とは全く次元の異なる快適さ、まるで「大和ホテル」だ。

 そんなこんなで旗艦を変えた秘密については南雲長官は墓場まで持っていこうと心に決めている。


 一方、空襲部隊の司令官には南雲長官の一期下の小沢中将が就任している。

 小沢中将はかつて空母の集中運用を提唱し、今の一航艦の礎を築き上げた。

 航空戦に明るく、意外に知られていないが通信や暗号にも造詣が深い。

 何より情報の価値を理解している。

 索敵を怠ったり、軽視したりすることもない。

 金満提督によれば、女にモテすぎる以外は申し分のない司令官だそうだ。

 空襲部隊司令官になる前は別の艦隊の司令長官だったので格下げ人事にはなるのだが、任務の重要性となにより自身が提唱した航空艦隊を率いることができるから小沢中将としては文句はなかった。

 それに山本長官と南雲長官からは航空戦に関して完全なフリーハンドをもらっているので存分に腕をふるうことができた。




 出撃を直前に控えた南雲長官は「大和」艦橋から眼下を見る。

 敵潜水艦の活動を抑えるべく海上では哨戒艇や駆潜艇などの小艦艇が動き始めている。

 ウェーク島へ出撃した時と同じ光景が現出していた。

 挑戦状はすでに政府から送り済みだ。


 「日本軍は自国の商船を連合国軍による無制限潜水艦戦から守るために策源地である米西海岸ならびにハワイ、それに豪州にある潜水艦基地および周辺都市を攻撃する」

 「攻撃においては港湾施設のみならず市街地にある軍施設や工場も目標に含まれる」

 「合衆国政府ならびに豪政府は責任を持って市民を避難させること」

 「繰り返す。合衆国政府ならび豪政府は責任を持って市民を避難させること」

 「日本の艦隊によって基地およびその周辺都市は灰燼に帰す」

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