第25話 すでに崖っぷち

 「彼らについては太鼓判を押します」


 金満提督は一昨年前に発足した「母艦練習航空隊」に来ていた。

 そこで、卒業した一期生の戦闘機乗りについて教官から説明を受けている。

 かつて、一航戦と二航戦が電探に関する戦訓を得るために行われた演習において、その目的とは別に空母同士の戦いでは搭乗員の大量喪失が避けられないことが分かった。

 その対策として搭乗員の大量養成を図ることになったのだが、そのために発足したのが「母艦練習航空隊」だった。


 戦時における搭乗員の不足を危惧した航空本部と金満提督は来るべき対米戦に備えるため練習航空隊の規模を大きくするとともに、空母専門の搭乗員を養成する「母艦練習航空隊」を発足させる。

 一期生の定員は艦戦組と艦爆組がそれぞれ一〇〇人、艦攻組は一五〇人。

 これらのうちで艦爆は二人乗り、艦攻は三人乗りなのでこちらはそれぞれ五〇組のペアとなる。

 発足した当初はまだ米国との戦争が始まっていないこともあり、機材こそ旧式だったが一方で手厚い教官や教員の配置が可能だった。

 戦時中の今と違い、教官や教員、それに生徒たちも十分な余裕をもって訓練をすることができた。


 その一期生は昭和一六年三月に卒業している。

 卒業した彼らはその後も「母艦練習航空隊」に残り、教員補佐として教官らと一緒に二期生を鍛えるとともに、彼ら自身もまた教官からしごかれる日々を送っていた。

 新鋭空母の「翔鶴」ならびに「瑞鶴」が竣工すると、艦爆組と艦攻組の多くは五航戦に配属された。

 艦戦組のほうは五航戦に一二人、四航戦に二〇人、特設空母「春日丸」に八人の計四〇人が第一陣としてそれぞれの艦に配属されている。

 そして、一期生の中で早い者はすでにウェーク島沖海戦などで実戦を経験していた。


 だが、練習航空隊を出て一年も経たずに参加したウェーク島沖海戦は彼らにとってあまりにも過酷過ぎた。

 ウェーク島沖海戦に参加した戦闘機乗りの一期生は三二人、そのうち一三人が戦死した。

 死亡率は四割を超えている。

 同海戦での艦戦隊全体の搭乗員喪失率は一六パーセントほどだったので、若年搭乗員の死亡率は突出して高い。

 さらに特設空母「春日丸」に配属された八人のうちこちらは二人が戦死しており、つまりは一五人の若者が初陣で命を落としたのだ。

 それもあって、金満提督は実戦に参加しなかった残る六〇人を次期作戦に参加させていいものかどうかの判断がつかなかった。

 そんな金満提督に教官は静かに語り始める。


 「確かに開戦時に空母に乗り組むことが出来なかった奴でふてくされているような者もいましたが、彼らは全員変わりました。不遜にも彼らはこれまで、相手を撃ち落とすことばかりに注力していました。しかし、自分よりも高く評価された同期の多くが命を落としたという現実を見て何か悟ったようです。自分たちはまだ狩る側ではなく狩られる側なのだということに気づいたのかもしれません。私も生き残りさえすればすぐに中堅、やがてはベテランになると口を酸っぱくして言ってきたつもりなのですが、どうにも理解してもらえてなかったようです」


 教官は先の海戦で教え子を失っていた。


 「ですが、ウェーク島沖海戦から生還してきた同期の姿を見て何かを感じたのでしょう。死線を超えて帰ってきた一期生の姿は私から見ても一人前の搭乗員の風格がありました。今いる生徒たちも全員、基本操縦は問題ありません。まずは生き残らなければならないということさえ理解してもらえれば、あとは生き抜くことで、実戦を積み重ねることで彼らは強くなるでしょう」


 金満提督は教官の言葉に安堵した。


 実は次期作戦の空母搭載機は戦闘機中心の編成になるため、修理中の「赤城」や「加賀」戦闘機隊の搭乗員を勘定に入れてもまだ一〇〇人あまり足りなかったのだ。

 ここで六〇人程度確保できれば、あとは横空を除く内地にある防空任務の部隊と外戦部隊で余裕のありそうなところから母艦勤務経験者を引き抜けば何とかなる。


 「二航戦に配属する搭乗員は技量よりも根性のある者を推薦してやってください」


 安心したせいか金満提督にしては珍しく軽口も出てくる。

 その二航戦の司令官は猛将として名高く、また部下に猛訓練を課すことでも有名だった。

 その厳しい訓練によって部下たちから「人殺し」の二つ名を献上されている。

 教官もそのことを知っているのか、笑いながら「承知しました」と答える。

 改めて教官に礼を言い、金満提督は「母艦練習航空隊」の門を出て待たせてあった車に乗り込む。

 金満提督は「母艦練習航空隊」での搭乗員確保の報告と、他の母艦搭乗員の集まり具合を聞くために連合艦隊司令部に向かう。

 だが、金満提督が安堵していられたのは「母艦練習航空隊」を出てからごくわずかな時間だった。

 彼の心中に、次第に恐怖の感情が大きくなっていく。

 気づいたのだ。

 日本の空母戦闘機隊の現実に。

 たかだか一〇〇人あまりの搭乗員を集めるために日本全国からそれをかき集め、それでも足りずに外戦部隊から引っこ抜き、さらに練習航空隊を出てさほど間の無い若年搭乗員まであてにしなければならないのだ。

 軍令部の言う「米豪遮断」などというバカげた消耗戦などをやっている場合ではなかった。

 開戦してまだ一カ月しか経っていないのにもかかわらず、すでに戦力の底が見えてきた。

 金満提督は悟る。

 快進撃を続けているようでいて、実は日本はすでに崖っぷちなのだということを。

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